明治

Meiji

明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

5,384 件 明治時代 1868 – 1912
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倉員家住宅主屋
福岡県 明治
倉員家住宅主屋

倉員家住宅主屋は八女市上陽町北川内にある明治18年(1885年)建築の地主の住まい。建築面積300㎡、入母屋造桟瓦葺で正面東半を矩折れに張り出し、西の土間と2列3室を備える。平成30年(2018年)登録。

倉員家住宅土蔵
福岡県 明治
倉員家住宅土蔵

倉員家住宅土蔵は八女市上陽町北川内にある明治24年(1891年)建築の土蔵造2階建。敷地南の石垣上に北面して建ち、切妻造の屋根、漆喰塗に縦板張の腰壁、庇付の戸口と石段を備える。平成30年(2018年)登録。

倉員家住宅納屋
福岡県 明治
倉員家住宅納屋

倉員家住宅納屋は八女市上陽町北川内にある明治9年(1876年)建築の木造2階建で、屋敷4棟で最古。正面に下屋を通して上に縦格子窓を設け、内部は前面を開け放した一面の土間とする。平成30年(2018年)登録。

倉員家住宅離れ
福岡県 明治
倉員家住宅離れ

倉員家住宅離れは八女市上陽町北川内にある明治42年(1909年)建築の平屋。入母屋造桟瓦葺で、西半の角屋で主屋と接続し、敷地背面の石垣上から床組を張り出す。三室を並べ東端を座敷とする。平成30年(2018年)登録。

篠山神社透塀
福岡県 明治
篠山神社透塀

篠山神社透塀は久留米城本丸跡で中門の左右から延びて本殿を囲む明治12年の塀。延長88メートル、東西13間・南北17間の規模と、江戸切の乱積み石積、襷桟と竪格子、出桁造・疎垂木の構成を解説し、見学の位置を紹介する。

篠山神社中門
福岡県 明治
篠山神社中門

篠山神社中門は久留米城本丸跡の本殿と拝殿の間に建つ明治12年の一間平唐門。冠木上の蟇股の左三つ巴、懸魚の六葉をかたどる竜胆車という有馬家の二つの家紋と、控柱の雲文を解説し、細部を見やすい位置を紹介する。

篠山神社拝殿
福岡県 明治
篠山神社拝殿

篠山神社拝殿は久留米城本丸跡に建つ明治12年の桁行5間・梁間3間の入母屋造平入の拝殿。正面桟唐戸と背面引分戸のほかは蔀を吊る開放的な構成、刎高欄付切目縁、折上げ格天井を解説し、参拝と昇殿の条件を紹介する。

篠山神社本殿
福岡県 明治
篠山神社本殿

篠山神社本殿は久留米城本丸跡に建つ明治12年の三間社入母屋造妻入の社殿。大屋根に三間の向拝を取り込む特異な構えと、出組・二軒繁垂木の深い軒、中備の蟇股を解説し、透塀越しに外観を見るポイントを紹介する。

ジョーキュウ醤油表座敷
福岡県 明治
ジョーキュウ醤油表座敷

福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油表座敷は、醸造場の敷地の南西隅に建つ明治前期の2階建の接客座敷。1階南の8畳の主室の座敷飾、2階窓辺の高欄、西南戦争で官軍の宿舎になったとの伝えと見学の注意を紹介する。

ジョーキュウ醤油米蔵
福岡県 明治
ジョーキュウ醤油米蔵

福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油米蔵は、明治4年(1871年)建築の2階建の小さな土蔵で、仕込蔵の西隣に建つ。南の中庭に向く銅板葺の庇、板張の内壁と登梁の小屋組、醸造道具を納める現在の役割と見学の注意を紹介。

浄福寺山門
福岡県 明治
浄福寺山門

福岡県大川市小保の浄福寺山門は明治5年(1872年)頃の切妻造桟瓦葺の薬医門。柳川城辻御門を移したと伝わるが、古図と形式が異なり古材の転用と推定される。五平の本柱と板扉の金具が質実で、令和5年に登録有形文化財。

多田家住宅裏門
福岡県 明治
多田家住宅裏門

福岡県筑前町森山の多田家住宅裏門は明治5年(1872年)頃の薬医門。屋敷の前を通る日田街道が明治初年まで当門の位置を通っていたという由緒にちなむ門で、屋敷地の変遷を伝える記念的な意味を持つと評価される。

多田家住宅表門
福岡県 明治
多田家住宅表門

福岡県筑前町森山の多田家住宅表門は明治24年(1891年)頃の薬医門。親柱の正面側半分を花崗岩の石柱、背面側を木柱として冠木を受ける独特のつくりで、西に潜戸を開く。両脇に石塀がのび、屋敷の表構えをつくる。

多田家住宅主屋
福岡県 明治
多田家住宅主屋

福岡県筑前町森山の多田家住宅主屋は明治23年(1890年)の大規模民家。西側の高い吹抜けの土間と2列の居室、南へ張り出す10畳座敷による鍵座敷型の間取り、漆喰で塗り込めた南西面が特徴。平成25年に登録。

多田家住宅離れ及び渡廊下
福岡県 明治
多田家住宅離れ及び渡廊下

福岡県筑前町森山の多田家住宅離れ及び渡廊下は明治35年(1902年)の離れ座敷と渡廊下。主屋から渡廊下の太鼓橋を越えて至り、縁と高欄をめぐらせ、南の広縁から集落を見晴らす。扇垂木と銘木の座敷飾りも見どころ。

多田家住宅前ノ蔵
福岡県 明治
多田家住宅前ノ蔵

福岡県筑前町森山の多田家住宅前ノ蔵は明治3年(1870年)の土蔵。主屋の西面に建ち、漆喰壁に海鼠壁の腰、木瓜形に縁取った小窓に銅扉を吊る。いまの主屋より20年古く、その主屋とともに重厚な表構えをつくる。

仲哀隧道
福岡県 明治
仲哀隧道

仲哀隧道は福岡県田川郡香春町と京都郡みやこ町にまたがる明治22年(1889年)の隧道で、登録有形文化財。筑豊の石炭などを運ぶために掘られた全長432メートルの隧道で、花崗岩の切石と煉瓦積みの坑門を備える。

鶴味噌並倉南棟
福岡県 明治
鶴味噌並倉南棟

福岡県柳川市の掘割に面して並ぶ三棟の煉瓦蔵のうち最大の一棟。西洋式のキングポストトラスを架け、中棟との間隙を煉瓦壁で塞ぐ。鋸歯飾りの胴蛇腹が三棟を一本の線で繋ぎ、国指定名勝「水郷柳河」の指定地にも含まれる。

箱嶋家住宅主屋
福岡県 明治
箱嶋家住宅主屋

筥崎宮の南、福岡市東区馬出の旧唐津街道に東面する木造二階建の町家。桁行三間半、全面を出格子とする二階、北側を貫く通り土間、ベンガラ漆塗の欄干と箱階段が残る。明治初期の建築で、平成19年に登録有形文化財となった。

南久保田家住宅米蔵
福岡県 明治
南久保田家住宅米蔵

福岡県うきは市吉井町の南久保田家住宅米蔵は明治32年(1899年)の米蔵で、屋敷の北西隅に建つ。布石積基礎の上に切妻造妻入の建ちの高い姿をみせ、北面にだけ下見板を張る。2012年に登録有形文化財となった。