明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都・大徳寺の塔頭 龍光院に伝わる国宝「大覚禅師筆金剛経」の魅力を紹介。鎌倉・建長寺の開山 蘭渓道隆(大覚禅師)が自ら筆写した金剛般若波羅蜜経は、宋風書法の粋を今に伝える貴重な禅宗墨蹟です。
京都・世界遺産 醍醐寺に伝わる国宝「醍醐寺文書聖教」は、奈良時代から明治時代にわたる69,378点の文書・聖教群です。真言密教の修法記録や天皇・将軍の書状など、日本史を多角的に伝える貴重な史料群の魅力と見どころをご紹介します。
京都・東福寺に伝わる国宝「無準師範墨蹟〈円爾印可状(絹本)〉」は、中国・南宋時代の高僧・無準師範が弟子の円爾弁円に悟りの証として授けた印可状です。1237年に絹本に墨書されたこの書跡は、禅宗の法脈伝承を証する第一級の歴史資料であり、力強く格調高い筆致で知られる名品です。東福寺の創建と日本禅宗の発展を物語る、かけがえのない文化遺産をご紹介します。
京都・大徳寺龍光院に伝わる国宝「密庵咸傑墨蹟」は、南宋時代の大禅僧・密庵咸傑の現存唯一の書。千利休が表具を手がけ、専用の茶室「密庵席」が設けられたこの墨蹟の歴史的価値と魅力をご紹介します。
京都・嵯峨の清凉寺本尊、木造釈迦如来立像。北宋の985年に奝然が中国で造らせ請来した国宝で、縄状の頭髪や同心円の衣文に異国の様式を残す。像内から絹製の五臓六腑が見つかり、世界最古級の臓器模型として知られる。
南宋時代の宮廷画家・閻次平に伝わる国宝「絹本著色秋野牧牛図」の魅力をご紹介。足利将軍家の東山御物として珍重された名画は、現在、東京・六本木の泉屋博古館東京に所蔵されています。作品の見どころやアクセス情報をお届けします。
熊本県天草市の上田家住宅表玄関。西面中央に入母屋造の式台玄関を開く桁行五間半の明治期の一棟で、北の主屋と南の離座敷をつなぎ、庄屋・上田家の接客空間の充実過程を示す登録有形文化財である。
熊本県天草市の上田家住宅正門。棟に鳥衾を飾る明治期の四脚門で、幅の異なる二枚の板戸に潜戸を設ける。敷地前面の中央に立ち、高浜焼で栄えた庄屋・上田家の屋敷構えを形づくる登録有形文化財である。
熊本県天草市の上田家住宅離座敷。十二畳半の座敷に床・棚・書院を備え、ガラス戸を多用した開放的な明治期の客間で、昭和七年に与謝野鉄幹・晶子夫妻が宿泊したと伝わる登録有形文化財である。
明治32年(1899)に建てられた網田駅本屋は、熊本県内に現存する最古の木造駅舎です。国の登録有形文化財に指定されているこの寄棟造の建物は、JR三角線の中間駅として今も現役で旅人を迎え、地域の交流拠点「網田レトロ館」としても親しまれています。日本屈指の絶景・御輿来海岸へも徒歩圏内。明治からの125年を刻む木の温もりに触れる、宇土半島ローカル線の旅をご案内します。
熊本県八代市通町に建つシャルトル聖パウロ修道院記念館は、明治33(1900)年にフランスから派遣された修道女たちが貧しい病人や孤児の救護活動の拠点として建てた木造2階建の洋館です。インド経由のヴェランダ建築と英米経由の下見板張りが融合した「ヴェランダ下見板コロニアル」様式の貴重な現存例として、平成12(2000)年に国登録有形文化財に指定されました。八代城跡や松井神社など歴史的名所が徒歩圏内に集まり、八代の近代史を物語る象徴的な建物です。
熊本市中央区の古町に佇む登録有形文化財「商工クラブ店舗」。肥後細川藩の料理番・料理谷家が明治23年に建てた料亭建築が、飲食・宿泊・文化の複合施設として現代に蘇りました。歴史と美食が交差する城下町の名建築をご案内します。
熊本県山都町浜町、日向往還の宿場町に二百五十年以上前から佇む町家「通潤酒造店舗及び主屋」。宿場最大規模の町家として令和3年(2021年)に国の登録有形文化財に登録されました。土蔵造の店舗と木造の主屋を直交させて接続し、千鳥破風を想起させる特異な正面意匠を生み出した上質な建造物です。創業1770年の酒蔵として今も現役で稼働し、無料の蔵見学と試飲で訪れる人を迎えます。西郷隆盛が本陣として宿泊した歴史や、名橋・通潤橋との縁もたどれる、山都町観光の拠点です。
熊本市新町の坪井川沿いに佇む冨重写真所は、明治時代の写真師・富重利平が開設した国登録有形文化財の写真館です。スラント付き撮影室を残す貴重な建築遺構であり、西南戦争前の熊本城や夏目漱石など近代日本の歴史を記録し続けた写真文化の殿堂です。
熊本市西区小島に立つ浜田醤油三番蔵は、明治中期に築かれた建築面積218平方メートルの大型土蔵である。妻入の大壁と店舗から連なる海鼠壁が街路景観に変化を与え、平成19年に登録有形文化財となった。文政元年創業の醤油醸造の歩みを今に残す。
熊本市西区小島、文政元年(1818年)創業の浜田醤油に残る主屋。明治初期の木造2階建で、腰になまこ壁、窓に格子を備え、北隣の店舗と統一感のある重厚な外観をつくる。土蔵が連なる町並みの一角を占める登録有形文化財である。
熊本県氷川町宮原、旧井芹家住宅の敷地西端に南北14mにわたって延びる漆喰塀。明治後期の築で、腰は縦板張、上部は真壁造とし、腕木が桟瓦葺の小屋根を受ける。屋敷側には溶結凝灰岩の角柱を控えに据え、丁寧な造作を今に残す登録有形文化財。
熊本県氷川町宮原。醸造業を営み銀行も興した井芹家が、明治5年(1872年)に建てた旧米蔵です。土蔵造2階建で、平側に幅一間の下屋柱を三本張り出し、切石基礎や和小屋に商家町の蔵建築の手法がのこります。平成12年に屋敷地へ移築されました。
熊本県氷川町の旧井芹家住宅に残る登録有形文化財の薬医門。明治初期に建てられ、桟瓦葺の深い切妻屋根を構える。袖塀の腰には亀甲模様の海鼠壁を築き、たたきには彩色タイルを埋め込むなど、県内有数の地主であった井芹家の財力と趣向がうかがえる。
熊本県芦北町田浦に建つ藤崎家住宅(赤松館)の表門は、明治27年頃の石造の門。天草産と推定される長大な砂岩の石柱に両開きの板扉を吊り、左の袖塀には潜戸を開く。簡素ながら堂々たる構えで、2000年に国の登録有形文化財となった。