昭和

Shōwa

昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

4,593 件 昭和時代 1926 – 1989
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大橋茶寮茶室如庵写
東京都 昭和中
大橋茶寮茶室如庵写

東京都港区虎ノ門の大橋茶寮にある3畳半の茶室で、建築面積14平方メートルと五つの茶室で最も小さい。織田有楽斎の如庵を手本とし、丸太の柱にこけら葺の庇を架け、水屋を介して山吹とつながる。平成18年(2006年)に登録。

大橋茶寮茶室山吹
東京都 昭和中
大橋茶寮茶室山吹

東京都港区虎ノ門の大橋茶寮の東辺中央に建つ茶室。高度な数寄屋の技術を評価され、8畳の座敷の床脇に11本の矢羽を並べる意匠をもつ。座敷の北に茶寮の玄関と控室を抱える。平成18年(2006年)に登録有形文化財に登録。

大橋茶寮中門
東京都 昭和中
大橋茶寮中門

東京都港区虎ノ門の大橋茶寮の庭の中央に立つ、間口1メートルの棟門。杉皮葺の屋根を竹で押さえ、細い丸太の柱を添え木で立てる。各茶室を行き来する門として茶室どうしを結ぶ。平成18年(2006年)に登録有形文化財に登録。

大橋茶寮不老門
東京都 昭和中
大橋茶寮不老門

東京都港区虎ノ門の大橋茶寮の南辺に、敷地境から少し奥まって建つ間口1.5メートルの棟門。切妻造、銅板葺の屋根を丸太の柱と桁で支え、内開きの板戸の正面に菱目の桟を組む。平成18年(2006年)に登録有形文化財に登録。

大橋茶寮塀
東京都 昭和中
大橋茶寮塀

東京都港区虎ノ門の大橋茶寮の南辺・東辺・北辺東半を囲う延長53メートルの塀。大谷石の基礎に丸太柱を立ててモルタルで塗り、建物が接する所では外壁を兼ねる。東辺は柱を見せ潜戸を設ける。平成18年(2006年)に登録。

岡田日帰上人記念講堂
東京都 昭和前
岡田日帰上人記念講堂

岡田日帰上人記念講堂は東京都杉並区堀ノ内の堀之内妙法寺の西方にある、立正高等女学校の昭和12年(1937年)の講堂で、登録有形文化財。鉄筋コンクリート造4階建で、正面のピラスターで垂直性を強調し、八角窓やファンライトで車寄せを飾る。

お茶の水女子大学表門
東京都 昭和前
お茶の水女子大学表門

お茶の水女子大学表門は昭和11年(1936年)に築かれた鉄筋コンクリート造の門と塀で、万成石貼の幾何学的な意匠と当初の灯具、塀のグリルが残る。春日通りに面し、外観は歩道から入構手続きなしで見ることができる。

お茶の水女子大学講堂
東京都 昭和前
お茶の水女子大学講堂

お茶の水女子大学講堂は本館の中庭に昭和7年(1932年)建てられた鉄骨鉄筋コンクリート造2階建の講堂で、通称徽音堂。2階に連なる2連アーチ窓が本館より穏やかな表情をつくる。内部は非公開で、公開行事の際に入れる。

お茶の水女子大学附属幼稚園園舎
東京都 昭和前
お茶の水女子大学附属幼稚園園舎

お茶の水女子大学附属幼稚園園舎は昭和6年(1931年)建築の鉄筋コンクリート造平屋建で、中廊下の両側に保育室が並ぶ。スクラッチタイルの外壁、保育室入口のステンドグラス、園庭の砂場3か所が登録の対象。見学・撮影は禁止。

お茶の水女子大学本館
東京都 昭和前
お茶の水女子大学本館

お茶の水女子大学本館は昭和7年(1932年)竣工の鉄筋コンクリート造3階建の校舎。ぶどうのレリーフを配した白い玄関、市松模様の大理石床、旧洋式作法室のマントルピースが残り、1階の歴史資料館で室内を見学できる。

温故学会会館
東京都 昭和前
温故学会会館

温故学会会館は東京都渋谷区東にある昭和2年(1927年)の鉄筋コンクリート造2階建の会館で、登録有形文化財。『群書類従』などの版木約2万枚を収蔵する目的で清水組が設計・施工し、正背面に立ち並ぶバットレスと円形の玄関ポーチを特色とする。

学士会館
東京都 昭和前
学士会館

東京大学発祥の地に1928年に竣工した倶楽部建築。設計は佐野利器と高橋貞太郎、スクラッチタイル外壁と半円アーチ玄関が特徴。2003年に登録有形文化財、2025年に東京都指定有形文化財に。再開発のため休館中、2030年頃再開予定。

河鹿園稲荷社
東京都 昭和中
河鹿園稲荷社

河鹿園稲荷社は、東京都青梅市の元割烹旅館河鹿園で枕流亭北の中庭にまつられた昭和30年頃の一間社流造の小社です。面積0.36平方メートルながら浜床・浜縁、木階五級、蟇股、虹梁大瓶束笈形付の妻飾りを備えます。

河鹿園渓梅庵
東京都 昭和前
河鹿園渓梅庵

河鹿園渓梅庵は、東京都青梅市の元割烹旅館河鹿園で山魚楼の東一段下に建つ昭和5年頃の客室棟です。渡廊下の高低差を利用して1階と2階に別の入口を設け、床柱や落掛けの磨き丸太が目を引く数寄屋座敷として登録されました。

河鹿園山魚楼
東京都 昭和前
河鹿園山魚楼

河鹿園山魚楼は、東京都青梅市の元割烹旅館河鹿園で多摩川に面して建つ昭和5年頃の寄棟造の客室棟です。月の間・もみじの間の続き間、東に外向きで設けた半間の床、桟割の大きなガラス障子が見どころの数寄屋座敷です。

河鹿園射山荘
東京都 昭和前
河鹿園射山荘

河鹿園射山荘は、東京都青梅市の元割烹旅館河鹿園の敷地中央に建つ昭和5年の入母屋造の客室棟です。建築面積203平方メートルと8棟で最大で、1階に51畳の大広間、2階の各室に造り付けの洋箪笥、上面を凸に造った違棚を備えます。

河鹿園大浴場
東京都 昭和前
河鹿園大浴場

河鹿園大浴場は、東京都青梅市の元割烹旅館河鹿園で射山荘の東下方に建つ昭和前期の切妻造の浴場棟です。大きなガラス窓に面したタイル貼の円形浴槽、川原石を組んだ岩風呂、木製浴槽の小浴室という趣の違う3つの浴室を備えます。

河鹿園枕流亭
東京都 昭和前
河鹿園枕流亭

河鹿園枕流亭は、東京都青梅市の元割烹旅館河鹿園で最も低い位置に建つ昭和5年頃の入母屋造の客室棟です。渡廊下が2階に取り付き、縁を設けず川へ開け放つ座敷が特徴で、奥多摩観光の隆盛を伝える建物として登録されました。

河鹿園渡廊下
東京都 昭和前
河鹿園渡廊下

青梅市御岳本町の河鹿園渡廊下は、令和2年に登録された木造平屋建の渡り廊下。山魚楼から渓梅庵を経て枕流亭と大浴場へ、南東下がりの敷地を階段二箇所と斜路で結ぶ。床は黒玉石の洗い出しに擬木の切株を飛石状に配する。

金澤家住宅主屋
東京都 昭和前
金澤家住宅主屋

金澤家住宅主屋は東京都文京区西片にある昭和5年建築の木造2階建住宅。東京美術学校で教えた建築家金澤庸治が父のために設計し、施工は清水組。棟を東西方向に振った構成が特徴で、平成10年に国の登録有形文化財となった。