昭和
Shōwa昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
古座川町平井の集落に建つ北海道大学和歌山研究林本館は、昭和2年竣工のH形平面の洋風木造建築。設計は北海道帝国大学営繕課で、雪の少ない紀州に急勾配屋根など北国の作法が残る。平成25年に国の登録有形文化財となった。
堀河屋又兵衛家住宅土蔵は、主屋の北に建つ昭和初期の小さな土蔵です。花崗岩の基礎の上に載り、竪板張と漆喰塗りの西面を見せ、主屋と対をなして御坊寺内町の通りの歴史的な景観を構成しています。2014年に登録。
御前家住宅主屋は和歌山市茶屋ノ丁にある昭和10〜13年(1935〜1938年)の木造平屋建の住宅で、登録有形文化財。庇屋根で屋根を2重に見せる外観、丸太を用いた数寄屋風の内装、洋風の応接間に昭和初期の邸宅の特徴が表れる。
御前家住宅台所棟は和歌山市茶屋ノ丁にある昭和10〜13年(1935〜1938年)の木造平屋建の台所棟で、登録有形文化財。食堂や炊事場からなる寄棟造の簡素な建物で、接客部と台所を別棟にする武家住宅の系譜を伝える。
御前家住宅土蔵は和歌山市茶屋ノ丁にある昭和10〜13年(1935〜1938年)の土蔵造2階建の蔵で、登録有形文化財。裏通りに妻を見せて建ち、和歌山城近くの上級武家住宅の系譜を引く屋敷構えを形づくる主要な建物である。
密厳院苅萱堂は和歌山県高野町高野山の金剛峯寺の東方にある昭和元年(1926年)頃の仏堂で、登録有形文化財。檜皮葺と銅板葺の二棟をつなぎ、西に引導地蔵、東に親子地蔵の内陣を配し、両内陣を結ぶ通路を苅萱親子の悲話の絵解きの場とする。
和歌山県新宮市三輪崎、旧目抜き通りに南面して建つ昭和2年築の集会施設。妻面の日の出の浮彫と両翼のペディメントで外観は洋風、内部は真壁漆喰の一室に高さ5メートルの吹き抜けと桟敷を持つ。令和元年に国の登録有形文化財となり、今も鯨踊の稽古場だ。
和歌山市加太の向井家住宅表門及び袖塀は、旧淡島街道に面して建つ昭和前期の一間腕木門と東西の袖塀。絵様と繰形を彫った腕木に扁平な冠木を載せ、背面は控柱で受ける。軒の出が深い質実な門で、2021年に登録有形文化財。
和歌山市加太の向井家住宅塀は、表門の袖塀に続く延長8.2メートルの昭和前期のコンクリート塀。洗い出しの基礎に縦羽目板の腰、白帯、墨塗の上部を重ね、桟瓦を葺いて木造の袖塀と意匠をそろえる。2021年に登録有形文化財。
山本家住宅赤倉は海南市阪井の棕櫚・薬種商山本家に昭和12年(1937年)に建てられた木造2階建。外壁木部の赤ペンキ塗が名の由来で、寄棟屋根に千鳥破風を飾り、室内は水色塗。隠居所と廊下でつながり、平成19年に登録された。
山本家住宅隠居所は海南市阪井の山本家住宅にある昭和12年(1937年)の木造平屋の隠居所。入母屋造桟瓦葺で、南に切妻の玄関、正面を出桁造とし、矩折れの中廊下で4室を結ぶ。小壁や妻壁の赤土塗が鮮やかで、平成19年に登録された。
昭和11年に建てられた湯浅小学校講堂は、鉄骨造を横板張の外壁で包んだ当時県内最大級の学校講堂です。正面の三連アーチと、柱型が刻むリズミカルな側面との対比が見どころ。醤油醸造で栄えた湯浅の重要伝統的建造物群保存地区からほど近い。
カナダの鮭漁で財を成した三尾出身の田中松蔵が、昭和8年頃に故郷へ建てた住宅。和風の間取りに下見板張りの洋風応接間を組み込んだ和洋折衷の造りで、現在は美浜町が一棟貸しのゲストハウスとして運営する登録有形文化財である。
遊心庵の正面、石垣の上に建つコンクリート造の門と塀。モルタル洗出し仕上に柱形と二段の見切をあしらい、伝統的な屋敷構えに近代の表情を添える。主屋と同じ昭和前期の建設で、間口2.4メートルの門と総延長20メートルの塀からなる登録有形文化財。
和歌山城北の市堀川北岸に建つ、和歌山県建築士会が自ら建てた昭和41年の会館。タイル貼りの正面に真四角の窓を並べ、柱を壁から離し雨樋を内樋とした、戦後モダニズムのオフィス建築の好例である登録有形文化財。
昭和13年に完成した三代目の和歌山県庁舎本館。増田八郎の設計、内田祥三の監修による鉄筋コンクリート造で、国会議事堂に範をとる。和歌山大空襲の戦火を生き抜き、今も現役で使われる登録有形文化財の近代庁舎建築である。
昭和8年、貴志への延伸に伴い大池に架けられた橋長36メートルの鋼製5連桁橋。官鉄標準では用いられなかった7メートルの長大Iビームを採用する。再現が容易でないとして2014年に登録された有形文化財。
昭和8年に大池へ架けられた橋長51メートルの鋼製7連桁橋で、貴志川線最長。円筒形の鉄筋コンクリート橋脚と、躯体両側の空積石積翼壁が特徴。再現が容易でないとして2014年に登録された有形文化財。