昭和
Shōwa昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
茨城県桜川市の重伝建・真壁に建つ増渕宥市家住宅表門。真壁396の増渕家とは別世帯の門である。昭和初期築の木造・瓦葺、間口約2.7メートルで、棟門・薬医門・腕木門の三形式を一基に折衷した独特のつくりに特徴がある。
茨城県桜川市の重伝建・真壁に建つ増渕宥市家住宅土蔵。昭和初期築の土蔵造2階建で、屋敷地の南方の奥に東西棟で建つ。北面中央の戸口や2階東妻面の観音開き防火戸など、火から家財を守るための工夫を備えた蔵である。
水戸市水道低区配水塔は茨城県水戸市北見町に建つ昭和7年(1932年)の鉄筋コンクリート造の配水塔で、登録有形文化財。高さ21.6メートル、水道技師の後藤鶴松の設計で、塔屋の浮彫彫刻や入口の装飾をもち、建設直後から水戸の新名所となった。
村井醸造煙突は茨城県桜川市真壁町真壁の村井醸造の店舗と土蔵の間に立つ昭和時代初期の鉄筋コンクリート造の煙突で、登録有形文化財。基部の直径1.45メートル、高さ22メートルで、内部に耐火煉瓦を積み、頂上付近に櫛形の装飾を施す。
村上家住宅離れは、茨城県桜川市真壁町の高上町、主屋の背後に建つ昭和初期の木造平屋建。寄棟造桟瓦葺で、床飾りを備えた座敷2室と幅0.5間の縁側をもち、主屋とは渡り廊下で結ばれる。平成17年に登録された。
茨城県石岡市国府の森戸文四郎商店店舗兼住宅は、昭和4年の大火の翌年、昭和5年(1930年)頃に建てられた看板建築。間口4間の正面をモルタル塗とし、レリーフと褐色タイルで飾る。平成15年に登録有形文化財となった。
赤磐市周匝に建つ昭和2年(1927年)の旧仁堀尋常高等小学校本館。下見板張とドイツ壁、懸魚付きの駒形破風をもつスティックスタイルの校舎を、昭和59年に約半分の規模で移築し、無料の郷土資料館として公開している。
井原市民会館別館は岡山県井原市井原町の市民会館本館のステージの背面に建つ昭和46年(1971年)の鉄筋コンクリート造2階建の付属棟で、登録有形文化財。2階にリハーサル室を配し、南側に換気塔を立て、本館と共通する打放しの仕上げが美しい。
井原市民会館本館は岡山県井原市井原町の行政・文化施設が並ぶ一画に建つ昭和46年(1971年)の鉄筋コンクリート造の市民会館で、登録有形文化財。表情の異なる打放しコンクリートを内外に散りばめ、正面に高い時計塔を屹立させる。
津山市山下に昭和4年(1929年)に建てられた木造2階建の写真館。玄関右手に半円形の応接室、玄関上に縦長の2連アーチ窓を開き、北面には屋根面まで届く高窓を設けて撮影用の光を取り込む。現在も写真館として営業している。
浅口市寄島町の大浦神社の参道入口に立つ昭和2年(1927年)の明神鳥居。北木島産の花崗岩製で柱間4.5メートル、高さ6.5メートル。扁額の文字は犬養毅の揮毫で、内へ傾けた柱が参道の軸の起点を引き締める。
浅口市寄島町の大浦神社で本殿の前に東面して建つ社殿。拝殿と祝詞殿を幣殿でつなぐ権現造風の構成で、千鳥破風と大振りの向唐破風、霊獣の彫刻が正面を飾る。昭和2年頃に大改修され、令和元年に登録有形文化財となった。
浅口市寄島町の大浦神社で、境内後方の高い基壇に東面して建つ昭和2年(1927年)再建の本殿。入母屋造銅板葺に千鳥破風と軒唐破風を重ね、尾垂木付二手先の組物や蟇股・木鼻の彫刻を備える。令和元年に登録有形文化財。
岡山県庁議会棟旧館は昭和32年に本館と同時竣工した前川國男設計の議事堂で、令和6年12月に登録有形文化財となった。三階が四周に張り出し、孔開きホロー・ブリックが手摺を途切れずにめぐる。外観は敷地内から自由に見学できる。
岡山県庁西庁舎は昭和46年竣工、前川國男設計の五階建て庁舎で、令和6年12月に登録有形文化財となった。打放しコンクリートの格子状立面と、地上階をピロティとする構成が本館と対をなす。平成16年には免震工法で耐震化された。
岡山県庁本庁舎本館は昭和32年竣工、前川國男設計の九階建て庁舎で、令和6年12月に登録有形文化財となった。岡山城二の丸跡に建ち、ピロティ上の回廊と黒いカーテンウォール、橙色のホロー・ブリックが見どころ。
岡山朝日高校の北辺に東書庫と並び立つ、昭和五年築の鉄筋コンクリート造書庫。コーニスや連続窓を年長の煉瓦造書庫にそろえ、二棟が一続きに見えるよう設計された。空襲を免れ旧制六高の記憶を今に残す登録有形文化財である。
岡山県立倉敷天城高等学校武道場は岡山県倉敷市藤戸町の校地中央に建つ昭和2年築の木造平屋建である。桁行15間の入母屋造桟瓦葺で、内部を南北に分けて柔道場と剣道場とする。平成19年に登録有形文化財となった。
岡山県瀬戸内市の長島にあるハンセン病療養所、邑久光明園の中央に建つ恩賜会館。昭和十六年の木造建築で、中央車寄せの上部に三連アーチ窓を掲げ、妻を二重に見せる特徴的な意匠が評価され登録有形文化財となった。
邑久光明園の敷地東部に北面して建つ旧裳掛小・中学校第三分校。園内では光明学園と呼ばれ、島で暮らす子どもたちが学んだ。昭和十四年の木造平屋建で、療養所に附属する学校建築が残る貴重な例として登録された。