滋賀県・室町
Muromachi滋賀県 の室町時代(1336 – 1573)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
常楽寺三重塔は、滋賀県湖南市西寺の常楽寺にある室町時代中期の三重塔で、昭和28年に国宝に指定された。1400年頃の建立で、均整のとれた比例と整然とした枝割をもつ、室町時代の三重塔の代表的な遺構である。
常楽寺本堂は、滋賀県湖南市西寺の常楽寺にある室町時代前期の本堂で、昭和28年に国宝に指定された。1360年の火災後に再建され、後に大修理を受けたが、室町時代の和様本堂の代表的な遺構とされる。
滋賀県甲賀市甲南町新治の新宮神社表門。墨書から文明17年の建立とわかる三間一戸の楼門で、上層を欠いた寄棟造茅葺の姿で伝わる。木鼻や蟇股の彫刻に室町後期の特徴が表れ、日本遺産「忍びの里 伊賀・甲賀」の構成文化財。
滋賀県草津市野路町の新宮神社本殿。旧東海道の野路宿に鎮座する神社の本殿で、棟札から大永3年の建立とわかる戦国期の一間社流造。正面の軒に唐破風が付く珍しい形で、桐や牡丹、波と雲を彫った蟇股の彫刻が優美である。
草津市矢橋町に残る石津寺本堂は、延文年間(1356〜1360)頃の建築。寺伝では足利義詮の再建と伝える。和様を基調に禅宗様を取り入れた室町前期の重要文化財で、ことわざ「急がば回れ」ゆかりの琵琶湖の港町に建つ。通常非公開。
善水寺本堂は、滋賀県湖南市岩根の善水寺にある室町時代前期の本堂で、昭和29年に国宝に指定された。1360年の炎上ののち1366年に再建された密教本堂で、滋賀県の一連の密教本堂のうちの優作とされる。
滋賀県近江八幡市安土町の捴見寺三重塔。棟札から享徳3年の建立とわかる三間三重の塔で、織田信長が安土城築城の際に甲賀の長寿寺から移したとされる。安土城跡の山腹に立ち、元亀2年の二王門とともに重要文化財。
滋賀県野洲市久野部の大行事神社本殿。圓光寺の鎮守社として始まったと伝わる神社の本殿で、室町時代中期に再建された一間社流造・檜皮葺の社殿。小規模ながら保存状態が良く優美で、隣の圓光寺の本堂・九重塔とともに重要文化財。
長命寺本堂は滋賀県近江八幡市の長命寺にある室町時代後期の仏堂。永正13年の兵火のあと大永4年(1524年)に上棟し、明治37年(1904年)に重要文化財に指定された。正面の蔀戸を桟唐戸に改めた近世の改造の跡も読み取れる。
苗村神社境内社十禅師社本殿は滋賀県竜王町の苗村神社の瑞垣の中、西本殿の右に建つ室町時代中期の一間社流造の小社殿。文化庁は簡素ながら細部の手法が優れると評し、1971年に神輿庫と同じ日に重要文化財に指定された。
苗村神社境内社八幡社本殿は滋賀県竜王町の苗村神社の瑞垣の中、西本殿の左に建つ室町時代中期の一間社流造の小社殿で、1904年に重要文化財に指定。同形式の十禅師社本殿より67年早い指定で、垣の外から見学する。
苗村神社神輿庫は滋賀県竜王町の苗村神社の楼門を入って右手に建つ神輿の収蔵庫で、文化庁は天文5年(1536年)の建物とし、余り例のない遺構と評する。桁行4間・梁間2間の切妻造檜皮葺で、1971年に重要文化財に指定。
苗村神社東本殿は滋賀県竜王町の苗村神社の東の社地に建つ室町時代中期の一間社流造の本殿で、1924年に重要文化財に指定。社伝で最初に祀られた地とされ、瑞垣がなく近くで細部を見られ、周囲には円墳が点在する。
苗村神社楼門は滋賀県竜王町の苗村神社の西の社地の入口に建つ三間一戸の楼門で、文化庁は大永2年(1522年)の建立と記録し、1904年に重要文化財に指定。入母屋造の茅葺で、竜王八景のひとつに数えられる。
不動寺本堂は滋賀県大津市田上森町の山頂付近にある天台宗の山岳霊場の仏堂で、重要文化財。室町時代前期にさかのぼる本堂と明和8年に拡張された礼堂からなり、斜面に床を張り出した懸造で、寄棟造・総檜皮葺の屋根をかける。
貞治六年(一三六七)、永源寺開山・寂室元光の示寂の翌日に草された葬送の祭文。遺偈や初七日香語と連なる開山忌関係文書の一点で、昭和十一年に重要文化財(古文書)に指定された一幅。東近江市の永源寺が所蔵する。
永和3年(1377年)の季春、永源寺が開山寂室元光を祖堂に迎えた入祖堂の儀で唱えられた法語の墨書。没後10年に建てられた開山堂(大寂塔)と対をなし、開山忌関係文書の一括指定に含まれる重要文化財である。
滋賀・永源寺に伝わる重要文化財の古文書。開山・寂室元光禅師の三十三回忌にあたる応永六年(1399)九月一日、命日に営まれた追善法要で、高座から述べられた陞座語と焼香の香語を記す三幅。南北朝から室町の禅林の儀礼と、名僧をしのぶ祈りの言葉を今に伝える。
貞治六年(1367)、永源寺開山・寂室元光の初七日に営まれた法要で読み上げられた香語を伝える一幅。寺を去れという師の遺誡を受けながら、弟子たちが永源寺を守る決意を固めた、その瞬間を今に伝える重要文化財です。
康暦元年(1379年)、永源寺を開いた寂室元光の十三回忌に唱えられた法語の二幅。命日と同じ九月一日付で、開山忌関係の文書群の一点として昭和十一年に重要文化財へ指定された。紅葉の名所として知られる永源寺の収蔵庫に納まる。