浄福寺鐘楼とは
浄福寺鐘楼は、福岡県福岡市南区桧原の浄福寺境内に建つ江戸時代後期の鐘楼で、平成23年(2011年)に国の登録有形文化財に登録された。
浄福寺は山号を千代山という浄土真宗本願寺派の寺院で、寺の案内によると元和2年(1616年)に寺領を賜って開かれた。もとは博多区の堅粕にあり、福岡市の都市計画事業にともなって現在の桧原へ移った。浄福寺鐘楼も文化庁のデータベースで昭和50年(1975年)の移築とされており、このとき寺とともに移ってきたことになる。
浄福寺鐘楼は1間四方、面積8.4㎡の小さな建物で、四方の壁を設けない吹放ちとする。屋根は入母屋造の本瓦葺である。なお大川市小保にも同名の浄福寺があり、本堂などが登録文化財となっているが、別の寺である。
大阪から博多へ移った浄福寺鐘楼
浄福寺のウェブサイトに載る由緒(元九州大学大学院助教授の山野善郎氏の執筆)によると、浄福寺鐘楼はもともと大阪の天満鳴尾町にあった本泉寺の鐘楼であった。本泉寺は堀川御坊とも呼ばれた寺で、明治30年(1897年)までに現在の大阪府四條畷市蔀屋本町へ移転した。その際、寛永14年(1637年)の刻銘をもつ梵鐘とともに、この鐘楼を筑前の堅粕にあった浄福寺へ売り渡したという。
文化庁のデータベースも、浄福寺鐘楼について明治中期と昭和50年(1975年)の2度の移築を記録している。大阪から博多への移築と、博多から桧原への移築である。
梵鐘の売却の話は事実と認められるという。ただしその鐘は、第二次世界大戦の末期に金属供出で失われ、現存しない。
「寛永14年建立」との食い違い
浄福寺の案内には、浄福寺鐘楼を寛永14年(1637年)の建立とする記述もある。一方、文化庁のデータベースは建築年代を江戸後期とし、同じサイトの由緒も江戸時代後期の作品と述べている。1637年は失われた梵鐘に刻まれていた年であり、このサイトでは文化庁の年代に従った。
浄福寺鐘楼が登録された理由
浄福寺鐘楼は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁の解説は、細部を丁寧に組み上げたつくりを述べたうえで、秀逸な意匠の吹放ち鐘楼と結んでいる。
先の由緒によると、浄福寺鐘楼の形式は福岡市の近世社寺建築の緊急調査に類例がなく、筑前の大工以外の手になるものとみられる。移転先の本泉寺の現本堂は、和様を基本に礎盤や桟唐戸で禅宗様を用いる折衷様で、浄福寺鐘楼の意匠と共通点があるという。上方で建てられた本格的な鐘楼が、福岡でいまも使われている例である。
平成21年(2009年)の解体修理では、構造材の一部を取り替えて瓦を葺き替えるにとどめ、垂木も1本ずつ補修して古い部材を使い続けるよう配慮したと、由緒は記している。
浄福寺鐘楼の見どころ
浄福寺鐘楼の柱は円柱で、礎石の上に置いた礎盤に立ち、上へ向かってわずかに内側へ傾く内転びに建てる。柱の間は腰貫、長押、台輪で固めてある。
軒下の組物は、尾垂木を備えた二手先を、柱の上だけでなく柱の間にも並べる詰組である。軒は一軒で、垂木を放射状に配る扇垂木とする。礎盤・詰組・扇垂木は、いずれも禅宗様に由来する手法である。
入母屋の妻には木連格子を入れる。鐘の下に立って見上げると、天井は垂木を見せる化粧屋根裏で、中央だけを平らな鏡天井としているのが分かる。彫刻を施した欄間や、部材の表面に文様を彫り込んだ地紋彫も見逃せない。吹放ちで壁がないため、こうした細部を四方から見て回れる。
浄福寺鐘楼の見学方法
浄福寺鐘楼は浄福寺の境内に建ち、外観を見ることができる。拝観料や拝観時間の案内は出ていない。寺によると、鐘は年2回の法要と大晦日の除夜会で撞かれている。
浄福寺では本堂の建て替え工事が進んでおり、令和8年(2026年)11月29日に落成式を行う予定である(2026年9月確認)。工事の間は境内への車の乗り入れができず、本尊は仮本堂に安置されている。浄福寺鐘楼を訪ねる前に、寺の案内で工事の状況を確かめておきたい。
撮影の可否については公式の案内が見つからなかった(2026年9月確認)。境内で撮る場合は、寺の方に一言断ってからにしたい。
浄福寺鐘楼へは、西鉄バスの「駄ケ原」バス停から歩いて約5分、「井出」から約7分、「油山」から約9分。車では博多・天神から約30分で、ふだんは山門前と境内に駐車場がある。寺の案内上の所在地は福岡市南区檜原6丁目10-16である。
Q&A
- 浄福寺鐘楼はいつ建てられましたか?
- 文化庁のデータベースでは江戸時代後期です。寺の案内には寛永14年(1637年)建立とする記述もありますが、1637年は失われた梵鐘の刻銘の年で、由緒の本文も江戸時代後期の作品としています。
- 浄福寺鐘楼はどこから移されたのですか?
- 寺伝では大阪・天満鳴尾町の本泉寺の鐘楼で、明治30年(1897年)までに博多の堅粕にあった浄福寺へ移り、昭和50年(1975年)に寺とともに現在の桧原へ移築されました。
- 浄福寺鐘楼が登録有形文化財になったのはいつですか?
- 平成23年(2011年)1月26日に登録されました。登録番号は40-0066で、「造形の規範となっているもの」が登録の基準です。
- 浄福寺鐘楼の梵鐘は江戸時代のものですか?
- 鐘楼とともに移された寛永14年(1637年)銘の梵鐘は、第二次世界大戦の末期に供出されて現存しません。
- 浄福寺鐘楼へのアクセスは?
- 西鉄バスの「駄ケ原」から徒歩約5分です。本堂の建て替え工事中は境内に車を乗り入れられないので、寺の案内を確認してください。
基本情報
| 名称 | 浄福寺鐘楼 |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県福岡市南区桧原6-897-7 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成23年(2011年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 面積8.4㎡(木造、瓦葺) |
| 所有者 | 宗教法人浄福寺 |
| 公開状況 | 境内で外観を見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)浄福寺鐘楼
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008602
- 文化遺産オンライン 浄福寺鐘楼
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/169778
- 浄土真宗本願寺派 千代山 浄福寺 浄福寺について
- https://jyoufukuji.com/about/
- 浄土真宗本願寺派 千代山 浄福寺 御来訪の皆様へ
- https://jyoufukuji.com/access/
- 浄土真宗本願寺派 千代山 浄福寺 トップページ
- https://jyoufukuji.com/
最終更新日: 2026.09.30