愛媛県の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 愛媛県愛媛県に所在する重要文化財。
臥龍山荘は愛媛県大洲市の肱川を望む崖の上に建つ明治時代の別荘で、臥龍院・不老庵・文庫の三棟が重要文化財に指定されています。茅葺の主屋は七室が室ごとに趣を変え、不老庵は懸造で川へ大きく張り出し、庵そのものを舟に見立てています。
愛媛県西予市宇和町卯之町の旧開明学校校舎は、明治15年(1882年)に地元の大工都築熊吉が建てた木造2階建の小学校。アーチ形の窓にわずかな洋風を取り入れた擬洋風建築で、今は教育資料館として公開。重要文化財。
旧広瀬家住宅は、別子銅山の近代化を進めた広瀬宰平が明治20年代に整えた和風住宅。主屋や新座敷など7棟が2003年に重要文化財に指定された。主屋2階の望煙楼から新居浜の市街を見下ろせる。広瀬歴史記念館の一部として内部まで公開。
旧山中家住宅は、別子山村から久万高原町上黒岩へ移築された18世紀後半の茅葺民家。土間がほとんどなく部屋を一列に並べる四国中央山地の形式を示し、1970年に重要文化財に指定された。参観は無料だが冬季は休館する。
愛媛県西条市の西山興隆寺、本堂の右後方に立つ花崗岩製の宝篋印塔。総高305センチメートルで、形式と技法から南北朝時代の作とみられ、基礎から相輪まで損傷のない整った姿を保つ。寺伝では源頼朝の供養塔という。
愛媛県西条市の西山興隆寺の本堂。文中4年(1375年)再興の桁行5間、梁間6間の大きな堂で、和様に禅宗様の組物を交え、一見宝形造に見える寄棟造の屋根をもつ。明治40年(1907年)に国の重要文化財に指定。
五輪塔は、愛媛県今治市野間の通称「覚庵」に立つ鎌倉後期の花崗岩製の石塔2基。一つの基壇に大小が並び、無銘のまま1954年に重要文化財へ指定された。田の一角に立ち、囲いも受付もなく、無料で常時見学できる。
愛媛県上島町の岩城島、祥雲寺の観音堂。棟札写しから永享3年(1431年)の建立とわかる桁行3間、梁間3間の入母屋造本瓦葺の小堂で、禅宗様に和様を交え、扇垂木や二重蓮華の須弥壇を備える。国の重要文化財。
愛媛県上島町の弓削島、定光寺の観音堂は桁行3間、梁間2間の宝形造本瓦葺の小堂。文化庁は寛正4年(1463年)の建築とし、類例の少ない組物の手法と、瓦まで残る当初材の良好な保存を評価する。国の重要文化財。
乗禅寺石塔は愛媛県今治市延喜、乗禅寺本堂裏の高台に土塀で囲まれて立つ重要文化財11基。石造五輪塔4基、宝篋印塔5基、宝塔2基からなり、正中3年と延文2年の刻銘を残す。元禄17年に付近から集められたと伝わる。
浄土寺本堂は愛媛県松山市鷹子町に建つ室町時代後期の仏堂で、四国八十八ヶ所第49番札所の本堂。文明16年に落成し、桁行5間・梁間5間の寄棟造、本瓦葺。内陣の厨子は附として同時に指定され、大永5年の遍路の落書きが残る。
善光寺薬師堂は愛媛県北宇和郡鬼北町小松の善光寺に建つ室町時代後期の三間仏堂。解体修理で文明15年の墨書が見つかり、屋根は昭和57年に茅葺へ復元された。堂内の厨子も附として同時に指定され、扇垂木がほぼ完全に残る。
愛媛県松山市太山寺町の太山寺二王門は、鎌倉後期の三間一戸八脚門。和様の疎組に禅宗様の粽と石の礎盤が混じる折衷様で、切目縁の痕跡からもとは楼門だったと考えられる。明治37年(1904年)に重要文化財に指定。
愛媛県松山市の釣島に建つ釣島灯台は、明治6年(1873年)に「日本の灯台の父」リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計で完成した石造の洋式灯台です。明治の姿を留めたまま現役で運用されている希少な灯台で、旧官舎・旧倉庫・石垣などとともに令和6年(2024年)に国の重要文化財に指定されました。
道後温泉本館は愛媛県松山市道後湯之町にある温泉建築で、明治27年(1894年)の神の湯本館、皇族用の又新殿・霊の湯棟、大正13年(1924年)の南棟と玄関棟の4棟が重要文化財。保存修理を経て2024年7月に全館での営業を再開した。
愛媛県松山市井門の豊島家住宅は、宝暦8年(1758年)の主屋ほか7棟が昭和45年に重要文化財に指定された大庄屋の屋敷構え。茅葺の上屋と本瓦葺の庇が重なる「井門の八棟造」で知られる。個人住宅のため非公開。
長浜大橋は愛媛県大洲市長浜町の肱川河口に架かる昭和10年(1935年)の鋼製跳開橋で、重要文化財。増田淳の設計で、現存最古の道路可動橋として建設当初から開閉機能を保ち、毎週日曜日の13時に開閉する。地元では赤橋と呼ばれる。
如法寺仏殿は愛媛県大洲市柚木の如法寺にある寛文10年(1670年)の仏殿で、重要文化財。大洲藩主の加藤泰興が創立した臨済宗寺院の創建時の建物で、内部に畳敷の床を設けて禅堂を兼ね、大梁を渡した空間をもつ。保存状況もよい。
野間神社宝篋印塔は愛媛県今治市神宮の野間神社にある鎌倉時代後期の石造の宝篋印塔で、重要文化財。文化庁の記録では1275年から1332年のものとされ、昭和29年(1954年)3月20日に指定された。鎌倉時代の石造美術を伝える一基。
愛媛県松山市一番町の萬翠荘は、久松定謨が大正11年(1922年)に建てたフランス風の洋館。設計は木子七郎で、帆船をモチーフとしたステインドグラスやマンサード屋根が残る。本館と管理人舎の2棟が国の重要文化財。