茨城県の史跡名勝天然記念物
茨城県 · 史跡名勝天然記念物
陸平貝塚は、茨城県美浦村の霞ヶ浦南岸の台地にある縄文時代の貝塚で、平成10年に国の史跡に指定された。明治12年に日本人による最初の学術調査が行われ、8か所の貝塚が台地を取り囲む大規模な環状貝塚である。
茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、坂戸神社、沼尾神社という3つの境内と、南約1.5キロメートルの台地で発掘された鹿島郡家跡をあわせた史跡。昭和61年(1986年)に指定され、指定面積は620546.46平方メートルに及ぶ。
茨城県ひたちなか市中根、凝灰岩の崖面に500基以上が穿たれた東日本最大級の横穴墓群。7世紀前葉に造営が始まり、9世紀前葉まで追葬で使われ続けた。彩色壁画で名高い虎塚古墳と一体の遺跡景観をなし、2024年に国の史跡に指定された。
茨城県筑西市の関城跡は、南北朝動乱期に北畠親房が籠城し『神皇正統記』を完成させた国指定史跡。1343年、高師冬の大軍に二年の攻防の末落城した古戦場で、現在も土塁・空堀・全国でも珍しい坑道戦の遺構が残る。
水戸市にある常磐公園は、現在「偕楽園」と呼ばれる日本三名園のひとつ。徳川斉昭が天保13年(1842)に開園し、大正11年に史跡名勝に指定された。孟宗竹林の陰、梅林の陽が織りなす陰陽の構成と、自ら設計した好文亭が見どころ。
茨城県筑西市と桜川市にまたがる新治廃寺跡は、奈良時代に常陸国新治郡で建立された古代寺院の遺跡。金堂を中心に東西に塔が並ぶ独特の伽藍配置で知られ、瓦を焼いた上野原瓦窯跡も合わせて昭和17年に国史跡に指定された。
水戸藩二代藩主・徳川光圀が、家督を譲った翌年から没するまでの九年余りを過ごした隠居所。茅葺き平屋の御殿と、白蓮池・紅蓮池が広がる主庭は元禄期の風致を保ち、平成二十八年に国の史跡および名勝に二重指定された。
稲敷市飯出の広畑貝塚は、霞ヶ浦南西岸の丘陵の裾に営まれた縄文後期から晩期前半の集落跡。土偶や骨角器が多く出土し、薄手の深鉢形土器は縄文時代の製塩説の根拠となった。昭和57年(1982年)に国の史跡に指定された。
茨城県桜川市の国指定史跡。坂東平氏の流れを汲む真壁氏が承安2年(1172)から寛永5年(1628)まで居城とした中世平城で、本丸を囲む四重の堀と「折」を多用した戦国期の縄張、12.5haの広大な遺構が良好に残る。
茨城県水戸市元吉田町にある吉田古墳は、日本で唯一、八角形の墳丘内部に線刻壁画を有する古墳です。古墳時代終末期(7世紀中葉)に築造され、横穴式石室の奥壁には靫・刀子・鉾などの武具が線刻で描かれています。大正11年(1922年)に国の史跡に指定された、装飾古墳研究上の貴重な遺跡です。