佐藤家住宅原田門とは

佐藤家住宅原田門は、岩手県一関市千厩町の横屋酒造・佐藤家住宅にある江戸時代末期(1830〜1867年)の木造の薬医門で、大正末期にこの地へ移築され、平成15年(2003年)に国の登録有形文化財に登録された。

敷地の北東の辺、新蔵と文庫蔵のあいだに開く通用門である。もとは田村藩(一関藩)の家老、原田氏の屋敷の門で、そこから移したと伝わる。間口は約2.6メートル、柱間1つに扉口1つの1間1戸の薬医門で、屋根は鉄板葺とする。材には主に欅を用いる。

登録の理由と価値

登録基準は「造形の規範となっているもの」。文化庁の解説は、棟通りと両側の妻面に設けた雲紋風の蟇股に、江戸時代末期の造形が見られる点を評価している。登録番号は03-0043。

文化庁のデータベースに載る年代で比べると、佐藤家住宅原田門は横屋酒造・佐藤家住宅の現在の登録20件のなかでいちばん古い。明治・大正に建てられた住まいと酒蔵のなかに、武家屋敷の門が1つだけ加わっていることになる。

見どころ:雲紋風の蟇股と二軒の垂木

門の上を見上げると、屋根を支える梁の上に、蛙が脚を開いたような形の蟇股が据えられている。佐藤家住宅原田門の蟇股は内側を雲の渦のような文様で彫り、棟通りと両側の妻面に置かれている。

軒は、垂木を2段に重ね、しかも間隔を詰めて並べた二軒繁垂木。小さな門でも軒裏に細かな線が密に走り、格式のある構えに見える。欅の木肌も、彫りの陰影とあわせて見ておきたい。

両脇に立つのは、大正11年(1922年)の新蔵と大正12年(1923年)の文庫蔵である。白い土蔵2棟にはさまれて、江戸の木造の門が立つ。江戸と大正の建物が肩を並べる、敷地のなかでも印象に残る一角である。

見学方法

千厩酒のくら交流施設の開館日には、敷地内から佐藤家住宅原田門を無料で見学できる。門は新蔵と文庫蔵のあいだにあるので、2棟の蔵とあわせて見るとよい。蟇股は高い位置にあるため、門の正面から少し離れて見上げると形が分かりやすい。敷地への行き方と開館日・開館時間は、横屋酒造・佐藤家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q佐藤家住宅原田門はいつ建てられましたか?
A江戸時代末期(1830〜1867年)の建築で、大正末期に移築されました。平成15年(2003年)1月31日に国の登録有形文化財に登録されました。
Q佐藤家住宅原田門はどこから移されたのですか?
A田村藩(一関藩)の家老、原田氏の屋敷から移築したと伝わります。
Q佐藤家住宅原田門はどんな形式の門ですか?
A間口約2.6メートル、1間1戸の薬医門で、二軒繁垂木、鉄板葺です。主に欅材を用いています。
Q佐藤家住宅原田門の見どころは何ですか?
A棟通りと両側の妻面に置かれた雲紋風の蟇股で、江戸時代末期の造形がよく表れています。
Q佐藤家住宅原田門は見学できますか?
A千厩酒のくら交流施設の開館日に、敷地内から無料で見学できます。新蔵と文庫蔵のあいだにあります。

基本情報

名称佐藤家住宅原田門(さとうけじゅうたくはらだもん)
所在地岩手県一関市千厩町千厩字北方134
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成15年(2003年)1月31日登録
員数1棟
寸法木造、薬医門、鉄板葺、間口約2.6メートル
所有者一関市
公開状況開館日に敷地内から無料で見学可

参考文献

佐藤家住宅原田門|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003032
千厩酒のくら交流施設(千厩まちづくり株式会社)
https://sakenokura.com/wp/kura/

最終更新日: 2026.09.26