京都府の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 京都府京都府に所在する重要文化財。
京都市北区紫野の大徳寺塔頭眞珠庵の通仙院。正親町天皇の皇后の化粧殿を移したと伝わる江戸前期の建物で、南面入母屋造・北面切妻造のこけら葺。北面と西面に庇を付け、二畳台目の茶室庭玉軒に水屋の間と土間が付く構成を含んでいる。
京都市北区紫野の大徳寺塔頭眞珠庵の本堂(方丈)。寛永15年(1638年)の入母屋造・檜皮葺で、一休和尚の像を安置し、曽我蛇足筆と伝わる襖絵が残る。本堂の前庭には、生け垣を背にした七五三の石組みの枯山水の庭園がある。
京都市左京区、紅葉の名所として知られる真如堂の本堂。享保2年(1717年)に再建された桁行七間・梁間七間、総欅造の重要文化財建築の歴史と見どころを紹介します。
京都府木津川市山城町、伊賀街道沿いの山あいに残る神童寺本堂。応永13年(1406年)再建の蔵王堂は旧山城町最古の建造物で、像高約2.7メートルの蔵王権現像を安置する室町時代の重要文化財建築です。
京都・大徳寺の塔頭、瑞峯院の表門は、キリシタン大名・大友宗麟が建立した菩提寺に残る室町後期の棟門。天文年間(1536-1555頃)に建てられ、切妻造・檜皮葺の簡素な姿に時代の意匠を伝える重要文化財建造物。
京都・大徳寺塔頭の瑞峯院に建つ本堂は、天文5〜24年(1536〜1555)の建立。室町末期の方丈形式を今に伝える貴重な遺構として、表門・唐門とともに重要文化財に指定されている。
角屋は、京都市下京区の島原にある江戸時代後期の揚屋の建物で、昭和27年に重要文化財に指定された。主屋のほか曲木亭、茶室、待合、土蔵3棟もあわせて指定され、庭とともに往時の景観をとどめる。
京都市左京区の清風荘は、西園寺公望の京都私邸として住友家が建てた数寄屋住宅。大正元年完成の主屋を中心に、茶室や三つの門まで12棟が一体で残り、近代和風建築の精華として平成24年に重要文化財に指定された。
境内で最も高い位置に立つ桃山時代・慶長年間の四脚門。規模が大きく装飾も豊かで、桃山建築の優れた遺構として昭和41年に重要文化財に指定された。くぐると、下り参道の先に仏殿の大屋根が望める。
大門から下る参道の先に建つ寛文9年(1669年)の仏殿。四代将軍徳川家綱の再建による純粋な禅宗様の重要文化財で、過去・現在・未来の三世仏が並び、天井には狩野探幽の蟠龍図が描かれる。
開山堂の北に並ぶ二基の石造無縫塔のうちの一基。継ぎ目のない卵形の塔身をもつ室町時代初期を下らない中世の作で、昭和30年に対で重要文化財に指定された。開山俊芿の墓所に寄り添って立つ。
京都市右京区嵯峨の大覚寺客殿(対面所)。桃山時代の入母屋造・檜皮葺の建物で、桁行は正面7間・背面8間、梁間4間。嵯峨御所と呼ばれた門跡寺院で客を迎える場として使われ、明治45年に重要文化財に指定された。
京都市右京区嵯峨の大覚寺宸殿。元和5年(1619年)の入母屋造・檜皮葺で、東福門院和子の女御御殿を後水尾天皇から下賜された建物。狩野山楽筆の「牡丹図」「紅梅図」があり、蔀戸の蝉の飾りも精巧に作られている。
醍醐寺開山堂は、京都市伏見区の醍醐寺の上醍醐の頂上に建つ桃山時代の開山堂で、昭和29年に重要文化財に指定された。開山の聖宝・理源大師を祀り、豊臣秀頼が再建した雄大な山上最大の堂である。
醍醐寺清滝宮本殿は、京都市伏見区の醍醐寺の下醍醐にある永正14年再建の本殿で、昭和29年に重要文化財に指定された。醍醐寺の総鎮守・清瀧権現を祀り、毎年4月に清瀧権現桜会が行われる。
醍醐寺如意輪堂は、京都市伏見区の醍醐寺の上醍醐の頂上にある慶長11年建立の懸造の堂で、昭和29年に重要文化財に指定された。理源大師が准胝堂とともに最初に建てた堂の系譜をひき、如意輪観音を祀る。
大仙院書院は、京都市北区の大徳寺塔頭大仙院にある慶長19年に沢庵が再建した書院で、昭和37年に重要文化財に指定された。大徳寺の塔頭の書院のうちでも簡素な意匠で、「拾雲軒」と呼ばれる。
退蔵院本堂は慶長7年(1602年)建立の妙心寺塔頭本堂で、附に玄関と棟札を伴う。やや小型の方丈形式の代表例とされ、正面中央に桟唐戸を置かない古式を残す。本堂内部は事前申込制の特別拝観でのみ見学できる。
京都・南禅寺の門前に広がる明治の別荘。七代目小川治兵衛(植治)が琵琶湖疏水の水で流れと池を描いた名勝庭園に、ツガ材の對龍台や数寄屋の聚遠亭が一体をなす。庭園は1988年に国の名勝、主屋は2024年に重要文化財となった。
京都市左京区鞍馬本町の鞍馬街道沿いにある宝暦10年(1760年)の町家。旧炭問屋と伝え、切妻造・桟瓦葺に杉皮葺の庇を付ける。通り土間形式の町家として京都市内で最古とされ、薪炭の集積地鞍馬の歴史を伝える。