明治
Meiji明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
熊本県大津町森の岡本家石橋は、屋敷地西側の細い水路に架かる明治期の石造桁橋。長さ2.6メートル、幅員2.5メートル。端の石の上面をわずかに反らせ、屋敷地側に親柱を据えて表門への構えを整えている。1999年登録。
熊本県大津町森の岡本家住宅三階の倉は、明治中期の切妻造・妻入、木造3階建の土蔵で、什器や衣類を納めた。腰のなまこ壁、2階の水切り瓦、軒の鉢巻を重ねた凝った意匠で、明治以降も地主として栄えた岡本家の力を示す。
熊本県大津町森の岡本家住宅南の倉は、屋敷地の南西隅に建つ明治中期の切妻造・平入、木造2階建の土蔵で、米の貯蔵に用いたと伝わる。三階の倉と違い鉢巻を省いた簡略な意匠で、腰の下見板を塀や馬屋にそろえている。
旧国鉄矢岳駅駅長官舎井戸は熊本県人吉市矢岳町にある明治42年頃の石造井戸。溶結凝灰岩の切石で内径1.1メートル、深さ約4.5メートルに築く。へき地の駅長官舎の暮らしを示す施設として主屋とともに登録された。
旧国鉄矢岳駅駅長官舎主屋は熊本県人吉市矢岳町にある明治42年建築の木造平屋の鉄道官舎。切妻造・平入・簓子下見板張で、東面に台所が張り出す。全国でも残存例の少ない明治期の鉄道官舎として評価され登録された。
相良村の旧川村駅に残る昭和28年(1953年)の鉄骨造待合所。ベンチ形の基礎から曲げた山形鋼を立ち上げて片流れ屋根を支える。令和2年豪雨で駅は移転し、旧駅は災害遺構として整備された。平成26年(2014年)に国の登録有形文化財となった。
熊本県芦北町の佐敷太郎峠を貫く延長434メートルの煉瓦造隧道。明治34年着工、36年の竣工で、平成14年に登録有形文化財となった。坑門はフランス積、坑内は長手積とイギリス積を使い分ける。町道として今も通行できる。
明治32年(1899)に建てられた網田駅本屋は、熊本県内に現存する最古の木造駅舎です。国の登録有形文化財に指定されているこの寄棟造の建物は、JR三角線の中間駅として今も現役で旅人を迎え、地域の交流拠点「網田レトロ館」としても親しまれています。日本屈指の絶景・御輿来海岸へも徒歩圏内。明治からの125年を刻む木の温もりに触れる、宇土半島ローカル線の旅をご案内します。
熊本市中央区水道町に建つ大正9年建築の家財蔵。全面白漆喰塗の外壁に鉢巻と二段の水切を廻し、東面には掛子塗戸を開く。小屋組は西洋式のキングポスト・トラス。令和7年に国の登録有形文化財に登録された。非公開。
熊本市中央区水道町、オフィスビルが並ぶ市街地中心部に残る明治後期の住宅。庭に南面する寄棟造の平屋で、内部は続き間座敷とし、西座敷の付書院には櫛形窓を開く。令和7年に国の登録有形文化財となった。非公開。
熊本県八代市通町に建つシャルトル聖パウロ修道院記念館は、明治33(1900)年にフランスから派遣された修道女たちが貧しい病人や孤児の救護活動の拠点として建てた木造2階建の洋館です。インド経由のヴェランダ建築と英米経由の下見板張りが融合した「ヴェランダ下見板コロニアル」様式の貴重な現存例として、平成12(2000)年に国登録有形文化財に指定されました。八代城跡や松井神社など歴史的名所が徒歩圏内に集まり、八代の近代史を物語る象徴的な建物です。
熊本市中央区西阿弥陀寺町の料亭建築。明治23年(1890年)建築の木造2階建で、1階に出格子と入母屋造の玄関、2階に手すり付きの連窓を構える。細川家の料理人の家系が営んだ商工クラブで、現在は飲食店と宿。
熊本県宇城市小川町の旧薩摩街道に南面する明治16年(1883年)の町家。表を塗り込めた居蔵造の外観で、当初部の通り土間と、上質な欄間や座敷飾を備えた増築座敷部が並ぶ。平成28年(2016年)登録有形文化財。
通潤酒造店舗及び主屋は熊本県山都町浜町にある明治時代前期の土蔵造の町家で、登録有形文化財。日向往還の浜町宿の通りに面し、寄棟造の店舗の背後に主屋を直交させて正面に妻を見せ、虫籠窓を開ける。宿場で最大規模の町家で、今も酒造りが続く。
冨重写真所は熊本県熊本市中央区新町にある明治前期の木造2階建の写真館で、登録有形文化財。坪井川に面して手摺付きの縁を設け、内部にスラントを用いた撮影室を残す、明治期の写真館の遺構として貴重な建物である。
熊本市西区小島に立つ浜田醤油三番蔵は、明治中期に築かれた建築面積218平方メートルの大型土蔵である。妻入の大壁と店舗から連なる海鼠壁が街路景観に変化を与え、平成19年に登録有形文化財となった。文政元年創業の醤油醸造の歩みを今に残す。
熊本市西区小島、文政元年(1818年)創業の浜田醤油に残る主屋。明治初期の木造2階建で、腰になまこ壁、窓に格子を備え、北隣の店舗と統一感のある重厚な外観をつくる。土蔵が連なる町並みの一角を占める登録有形文化財である。
熊本県氷川町宮原、旧井芹家住宅の敷地西端に南北14mにわたって延びる漆喰塀。明治後期の築で、腰は縦板張、上部は真壁造とし、腕木が桟瓦葺の小屋根を受ける。屋敷側には溶結凝灰岩の角柱を控えに据え、丁寧な造作を今に残す登録有形文化財。
熊本県氷川町宮原。醸造業を営み銀行も興した井芹家が、明治5年(1872年)に建てた旧米蔵です。土蔵造2階建で、平側に幅一間の下屋柱を三本張り出し、切石基礎や和小屋に商家町の蔵建築の手法がのこります。平成12年に屋敷地へ移築されました。
熊本県氷川町の旧井芹家住宅に残る登録有形文化財の薬医門。明治初期に建てられ、桟瓦葺の深い切妻屋根を構える。袖塀の腰には亀甲模様の海鼠壁を築き、たたきには彩色タイルを埋め込むなど、県内有数の地主であった井芹家の財力と趣向がうかがえる。