大正
Taishō大正時代(1912 – 1926)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
世嬉の一酒造場旧売場倉庫は岩手県一関市田村町の世嬉の一酒造場にある大正8年(1919年)の土蔵で、登録有形文化財。街路に沿って旧店舗・事務所の南に連なる桁行25メートルの平屋建で、南の妻のけらばを焼過煉瓦が効果的に縁取る。
世嬉の一酒造場旧原料米置場・精米所は岩手県一関市田村町の世嬉の一酒造場にある大正8年(1919年)の石造平屋建の建物で、登録有形文化財。佐藤徳蔵が熊文酒造店を買い取って改築し、辰野金吾の門下の小原友輔が設計した。裏の旧麹室と一体である。
世嬉の一酒造場旧作業場・釜場は岩手県一関市田村町の世嬉の一酒造場にある大正8年(1919年)の木造平屋建の建物で、登録有形文化財。和風の飲食の施設に改造されたが、作業場の小屋組は旧状を留め、玄関部はもとの釜場の貯水槽を改装している。
世嬉の一酒造場旧仕込蔵・酒母室は岩手県一関市田村町の世嬉の一酒造場にある大正8年(1919年)の仕込蔵で、登録有形文化財。桁行27メートルの大規模な土蔵造2階建で、クイーンポストトラスを架け、いまは酒の民俗文化博物館として公開されている。
世嬉の一酒造場旧店舗・事務所は岩手県一関市田村町の世嬉の一酒造場にある大正8年(1919年)の建物で、登録有形文化財。土蔵造2階建を基調に1階の店舗部を石貼の洋風意匠とし、土蔵系と石造系の建築を上下に合わせた酒造場の顔である。
世嬉の一酒造場旧びん詰貯蔵庫・麹室は岩手県一関市田村町の世嬉の一酒造場にある大正8年(1919年)の煉瓦造平屋建の倉庫で、登録有形文化財。麹室を含むため煉瓦壁を中空の二重壁とし、いまは旧原料米置場・精米所と一体の切妻屋根に収まる。
世嬉の一酒造場旧槽場・売場倉庫は岩手県一関市田村町の世嬉の一酒造場にある大正8年(1919年)の石造平屋建の建物で、登録有形文化財。街路に沿って建ち、窓回りの額縁に焼過煉瓦を用いて装飾を高め、設計者の小原友輔の作風をうかがわせる。
遠野市中央通りの仙臺屋で、旧籾蔵と倉庫のあいだに建つ大正後期の便所。建築面積4.1㎡の木造平屋で、6件で唯一の桟瓦葺。前方を出桁造として小天井を張り、内部を3室に分け、柱を見せる真壁造の白漆喰壁とする。
横屋酒造枯し場は岩手県一関市千厩町の東蔵の東に建つ大正末期の木造平屋建。もとは燃料の亜炭を乾かす小屋で、壁のない吹き放しの柱列にトラスを組み、長さ22メートルの切妻屋根を架けている。2003年に登録。
横屋酒造蔵人炊事場は岩手県一関市千厩町の造り蔵と釜場の北隅に建つ大正末期の木造平屋建。住み込みで働いた蔵人が炊事や休憩に使った建物で、建築面積42平方メートルと横屋酒造の登録建物では最小。2003年登録。
岐阜県美濃市の美濃橋は、大正5年竣工の単径間補剛吊橋。橋長113メートル、支間116メートル。現存最古の近代吊橋として平成15年に重要文化財へ指定された。令和3年の修復完了後、歩行者と自転車が無料で通行できる。
岐阜県飛騨市宮川町小豆沢にある大正8年(1919年)の空石積の砂防堰堤。堤長36m・堤高5.5mで、1割5分の緩い勾配で積まれ、水通しと水叩きはコンクリートで補強。神通川水系で最初の砂防施設とされ、2019年に登録。
岐阜県飛騨市宮川町小豆沢の谷の最上流にある大正9年(1920年)の空石積の砂防堰堤。堤長25m・堤高5.5mのうち下半4mが土砂に埋まり、100年分の土砂を受け止めて谷に溶け込んだ姿が評価され、2019年に登録された。
岐阜県飛騨市宮川町小豆沢の谷にある大正9年(1920年)の空石積の砂防堰堤。第一号の約200m上流、堤長30m・堤高4.5m。45度の石積み斜面を水が薄く滑り落ちる滑滝状の流れが見どころで、2019年に登録された。
今尾家住宅米蔵は、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅にある大正期の土蔵造2階建ての米蔵で、平成19年に登録有形文化財となった。敷地の南東の隅に建ち、表門から延びる南側の塀と連続した景観をつくる。
今尾家住宅中門及び塀は、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅にある大正期の腕木門と塀で、平成19年に登録有形文化財となった。小竹をはめた扉と飾り格子の窓をもつ塀で、離れと庭園を区切る。
今尾家住宅離れは、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅にある大正期の木造平屋建ての離れで、平成19年に登録有形文化財となった。丸石を亀甲模様に積んだ基礎に建ち、東側の庭園と中門とともに景観をつくる。
今尾家住宅薬師堂は、岐阜県各務原市那加新加納町の今尾家住宅の向かいにある大正14年築の春日造の堂で、平成19年に登録有形文化財となった。石垣の上に建ち、医家の家柄の格式を伝える。
大正末期に建てられた上山家住宅の主屋。化粧煉瓦工場を興し初代多治見市長も務めた佐藤貞治の邸宅で、南面に縁側、南西端に月見台を張り出す端正な造り。多治見市で唯一の登録有形文化財建造物群の中心となる一棟である。
上山家住宅の倉庫は、洋館の北に建つ大正末期の二階建土蔵。花崗石を三段に積んだ基礎の上に海鼠壁と黒漆喰塗を重ね、妻面には重厚な観音扉と瓦庇を備える。多治見市で唯一の登録有形文化財建造物群を構成する一棟。