大正
Taishō大正時代(1912 – 1926)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
通路棟の西に接続する大正後期の二階建土蔵。北東棟と南西棟を一棟にまとめ、新座敷の作庭後に重森三玲の指示で海鼠壁を貼る改修を受けた。酒造の蔵でありながら、庭園空間の背景を担う建物である。
広島県東広島市志和町志和堀に建つ時報塔は、大正11年(1922年)に在郷軍人会によって建設された登録有形文化財の鐘楼です。アメリカ在住の郷里出身者が寄贈した米国製の鐘を納め、アールデコ風の装飾が施されたコンクリート造の塔は、今も1日5回サイレンで時を告げています。
広島県尾道市の登録有形文化財・竹村家主屋は、大正9年竣工の木造料亭旅館。小津安二郎監督『東京物語』ゆかりの宿として知られ、竹材を多用した繊細な書院造と尾道水道の絶景が魅力です。
広島県尾道市にある竹村家本館の門及び塀は、国の登録有形文化財に指定された大正時代の建造物です。小津安二郎監督『東京物語』ゆかりの地としても知られるその歴史と見どころ、周辺情報をご紹介します。
広島県尾道市の千光寺山南腹に建つ多門亭は、大正9年頃に建てられた旧料亭で、国の登録有形文化財に登録されています。素朴な数寄屋風の意匠と、坂の町・尾道の歴史的景観を体感できる貴重な建造物の魅力をご紹介します。
広島県尾道市の登録有形文化財「西山本館」をご紹介。大正時代に建てられた木造三階建ての旅館建築は、数寄屋風の和室と外国人船員向けの洋室を備え、港町尾道の繁栄の歴史を今に伝えます。
広島県尾道市にある久山田貯水池堰堤は、1924年竣工の粗石モルタル積石張の美しいダム。重力式とアーチ式を複合した独特の構造を持ち、今なお尾道市唯一の自己水源として現役稼働する登録有形文化財です。
呉市豊町大長の飛弾家住宅蔵は、大正末期の土蔵造平屋建。二階分の高さを床も天井もなく一室に通した内部空間は、当初よりみかんの保存用に建てられ、大長のみかん栽培の地域色をよく示している。
呉市豊町大長の飛弾家住宅蔵門は、屋敷の東辺を画す長屋門風の一棟。中央を門口とし両側を倉庫とする木造二階建で、道側一階の簓子下見板張が大正期の意匠のあり方をよく示す珍しい建物である。
呉市豊町大長の飛弾家住宅離れは、大正十三年(一九二四)建立の木造二階建。狛犬風の石製礎盤や丸垂木など数寄屋風の細部を凝らし、みかん交易が支えた家の格をよく伝える瀟洒な座敷棟である。
広島県尾道市の千光寺山中腹に建つ「みはらし亭」は、大正10年(1921年)に建てられた茶園(別荘建築)で、国の登録有形文化財に登録されています。尾道水道の絶景を一望できるこの歴史的建造物は、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトにより見事に再生され、現在はゲストハウスとして宿泊が可能です。
香川県小豆郡土庄町大部に佇む大森醤油醸造所麹庫は、大正時代に建てられた登録有形文化財です。二重壁構造や竹簀の子天井など、麹づくりに特化した建築的工夫と、小豆島400年の醤油醸造の歴史をご紹介します。
香川県小豆郡土庄町大部にある大森醤油醸造所槽場及び操作場は、大正時代に建てられた登録有形文化財です。1844年創業の小豆島最古の醤油屋「ヤマトイチ」の歴史と醸造文化の魅力をご紹介します。
大正8年に築かれた男木島灯台の表門と塀。モルタル塗コンクリートの門柱に、安山岩と煉瓦、庵治石の笠石を組み合わせた総延長約82メートルの塀が続く。無装飾で重厚な入口。登録有形文化財。
香川県坂出市にある鎌田共済会郷土博物館(旧図書館)は、1922年竣工の国登録有形文化財建造物です。日本初期の本格的鉄筋コンクリート造図書館として貴重な建物に、重要文化財・久米通賢関係資料など約6万点を収蔵・展示しています。
かめびし屋の作業場は、主屋東方に建つ大正末期の木造2階建て。東端のみ3階建てとし、もと2階は醤油の火入れ(加熱殺菌)の場、3階は空気抜きとされる。醸造の実務が形を決めた、敷地内で最も高い建物である。
かめびし屋の十二号蔵は、十一号蔵の北妻に接する大正末期の平屋。桁行7.4メートルで、東側屋根面が長い招き造とする。外装はもと焼杉の縦板張、東面に水切瓦を付ける。建築面積42平方メートルは登録18棟のなかで最も小さい。
かめびし屋の八号蔵は、西敷地西辺沿いに建つ大正末期の平屋。花崗石基礎に建つ切妻造・本瓦葺で、桁行20.8メートルと長大である。内部にコンクリート製内側板張の角桶を20個据え、七号蔵と対をなす西敷地の醸造中核となる。
川鶴酒造鶴鳴舘(旧瓶詰蔵)は大正期築の木造平屋建の蔵である。かつて瓶詰を担った建物は現在コンサート会場として使われ、大戸口と四つの小窓を備えた姿が醸造所南辺の景観を形づくっている。
川鶴酒造川鶴資料館(旧米蔵)は大正期築の土蔵造二階建。もと住居部の米蔵を昭和30年頃に曳家で移した一棟で、腰の海鼠壁が目を引き、創業以来の酒造用具を展示する場として公開されている。