大正
Taishō大正時代(1912 – 1926)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
若林家住宅北土蔵は大正9年に建ち昭和3年に滋賀県彦根市犬方町の敷地北東角へ移された土蔵造2階建の蔵。漆喰塗の外壁に鉢巻を廻らし、両妻面の小窓を絵様を象る鳥居形の枠で飾り、洋室棟と並び建つ。内部は非公開。
若林家住宅座敷棟は大正13年に建ち昭和3年に滋賀県彦根市犬方町へ移された平屋の座敷棟。12畳半の主室に床の間・清楼棚・付書院を揃え、透彫欄間を入れる。周囲の廊下越しに南北二つの庭を望む。平成28年登録、内部は非公開。
若林家住宅茶室棟は大正13年に建ち昭和3年に滋賀県彦根市犬方町へ移された、四畳半の茶室を収める平屋。一間半の床は落掛に竹を用いた原叟床風で、縁の軒は小丸太を扇状に配って軽快に見せる。平成28年登録、内部は非公開。
若林家住宅南土蔵は大正9年に建ち昭和3年に滋賀県彦根市犬方町へ移された土蔵造2階建の蔵。北土蔵の南に連なり、漆喰塗の外壁に鉢巻と水切を廻らす。2棟の土蔵が敷地の東端で重厚な屋敷構えをつくる。内部は非公開。
九州電力妙見発電所1号機ヘッドタンクは鹿児島県霧島市牧園町にある大正10年築の石造水槽。中津川から取水し150メートル超の水圧鉄管で1号機へ送る。面積76平方メートル、平成23年に登録有形文化財となった。
九州電力妙見発電所2号機及び3号機ヘッドタンクは鹿児島県霧島市牧園町の大正10年築の石造水槽。天降川から取水する面積478平方メートルの矩形タンクで、道路下の水圧鉄管に石造アーチを設ける。平成23年登録。
九州電力妙見発電所本館は鹿児島県霧島市牧園町、天降川に面して建つ大正10年築の石造発電所建屋。桁行29メートル、江戸切り仕上げの溶結凝灰岩を積み上げた壁が特徴で、平成23年に登録有形文化財となった。内部は非公開。
鹿児島県大島郡龍郷町瀬留の旧大司家住宅高倉は、大正前期の高床式倉庫で、平成21年に国の登録有形文化財に登録された。桁行梁間とも2.4メートル、円柱がネズミの侵入を防ぐ。とおしめ公園内で常時無料で見学できる。
都萬神社拝殿は、鹿児島県大崎町の都萬神社で本殿の前に建つ大正5年(1916年)の妻入入母屋造で、平成21年(2009年)に登録有形文化財となった。角柱と一軒疎垂木の簡明な意匠で、本殿とは3間の回廊で結ばれる。
都萬神社本殿は、鹿児島県大崎町の都萬神社の中心となる大正5年(1916年)の入母屋造の社殿で、平成21年(2009年)に登録有形文化財となった。前方へ木鼻を三段に出す特殊な組物と、十二支を刻む蟇股が見どころ。
都萬神社末社伊勢宮は、鹿児島県大崎町の都萬神社で本殿の西に建つ大正5年(1916年)の末社で、平成21年(2009年)に登録有形文化財となった。1間四方の入母屋造で、大振りの向拝の蟇股に夫婦岩を彫る。
都萬神社末社稲荷神社は、鹿児島県大崎町の都萬神社境内に建つ大正5年(1916年)の一間社で、平成21年(2009年)に登録有形文化財となった。建築面積1.1平方メートルの流造で、正面の蟇股に再建の経緯を刻む。
都萬神社末社五林大明神社は、鹿児島県大崎町の都萬神社で本殿の東に建つ大正5年(1916年)の末社で、平成21年(2009年)に登録有形文化財となった。建築面積0.53平方メートルの流見世棚造に海老虹梁を架ける。
都萬神社末社山王神社は、鹿児島県大崎町の都萬神社で社殿の列の東端に建つ大正5年(1916年)の末社で、平成21年(2009年)に登録有形文化財となった。1間四方の入母屋造で、向拝に皿斗付大斗を用いる。
南洲神社電燈は、鹿児島市上竜尾町の南洲神社の参道に立つ大正2年製作の鋳鉄製の電燈一対で、平成18年に登録有形文化財となった。旧集成館が製造した数少ない遺構で、花弁状の柱頭をもつ。
森山家住宅石倉は鹿児島県霧島市横川町にある大正5年ごろの木骨石造倉庫で、平成17年に登録有形文化財となった。桁行9間の大きな倉で、南面の下屋にアーチ形の戸口が2つ並ぶ。企業の所有で、内部は公開されていない。
勇駒酒造本社店舗は横手市増田町の街道に面する大正末期の木造2階建の店舗。正面の平屋の看板にセメントモルタルで酒樽の鏝絵を描き、商家の並ぶ町並みの景観に寄与するとして平成14年に国の登録有形文化財となった。
秋田県湯沢市岩崎の石孫本店で道路沿いに並ぶ蔵の南端に建つ大正5年(1916年)の醸造蔵。登録蔵のなかで唯一の大正期の建物で、洋小屋を用いる。文化庁の解説は道路に面して蔵が並ぶ独特の景観を評価している。
秋田県立博物館分館 旧奈良家住宅の文庫蔵は、大正13年(1924)建築の木造二階建で、附属屋七棟のうち最も新しい。外壁はモルタル塗洗出しとし、鉄扉とシャッターで記録や貴重品を守る。入館無料。
秋田県大仙市角間川町、大正10年に棟梁寺嶋松五郎が建てた土蔵造二階建。外壁は石造風に目地を切ったモルタル洗出し、屋根は置屋根形式で、窓の持ち送りには曲線の意匠が入る。北庭と一体の景観をなし、長岡安平の設計図も伝わる。