若桜鉄道細見川橋梁とは

若桜鉄道細見川橋梁(わかさてつどうほそみがわきょうりょう)は、鳥取県八頭郡八頭町富枝で八東川の支流・細見川の最下流部を渡る錬鉄製3連桁橋で、明治中期の桁を昭和5年(1930年)に改造して移設したものであり、平成20年(2008年)7月8日に登録有形文化財(建造物)として登録された。

橋長は39メートル。第三八東川橋梁から西へ375メートルの位置にあり、丹比駅と若桜駅の間にかかる。桁の上に線路が載る上路式の橋である。

若桜鉄道の橋梁の中で、この細見川橋梁だけが鋼ではなく錬鉄の桁を使っている。錬鉄は鋼が普及する前に橋や鉄骨に用いられた鉄で、日本の鉄道では明治期の桁に見られる材料である。

登録の理由と価値 ― 日本初の標準設計桁

登録基準は「再現することが容易でないもの」。桁は「作錬式」と呼ばれるプレートガーダーで、若桜鉄道の案内によれば、明治18年(1885年)から明治22年(1889年)にかけて英国人技師が設計した、日本で最初の標準設計の桁である。これを切断し改造して、若桜線に転用したことが明らかな遺構として評価されている。

銘板からは、鉄道省名古屋鉄道局の工場で改造されたことが分かるという。明治の官設鉄道のために輸入・製作された桁が、半世紀近くのちに寸法を詰められ、山陰の支線で再び使われたことになる。部材そのものが日本の鉄道橋の初期の歴史を携えている点で、同じものを新しくつくることはできない。

見どころ ― J字形の補剛材

若桜鉄道細見川橋梁の桁の側面には、下端がJの字のように曲がった補剛材が並ぶ。文化庁のデータベースは、これを「作錬式」の特徴としている。岩淵川橋梁ではJ字形と直線形が混在するが、細見川橋梁ではJ字形の補剛材が桁の個性を決めている。

錬鉄の桁は鋼の桁より表面の錆び方や質感が異なることがある。3連の桁を横から眺め、切断して詰めた跡や継ぎ手の位置を探すのも、この橋の楽しみ方の一つである。

見学方法

若桜鉄道細見川橋梁は現役の鉄道橋で、橋上と線路内には立ち入れない。列車では丹比駅と若桜駅の間でこの橋を渡り、すぐ先で第三八東川橋梁を渡る。補剛材を確かめたいときは、周辺の道路や川べりから外観を見ることになる。

撮影は線路から十分に離れ、私有地や農地に入らないように行う。沿線への行き方と乗車券は若桜鉄道のページにまとめてある。

Q&A

Q若桜鉄道細見川橋梁はどんな橋ですか?
A八東川の支流・細見川の最下流部に架かる、橋長39メートルの錬鉄製3連桁橋です。若桜鉄道の橋梁で唯一、錬鉄の桁を使っています。
Q若桜鉄道細見川橋梁の「作錬式」とは何ですか?
A明治18年(1885年)から明治22年(1889年)にかけて英国人技師が設計したとされる、日本で最初の標準設計のプレートガーダーです。J字形の補剛材が特徴です。
Q若桜鉄道細見川橋梁はいつ架けられましたか?
A桁そのものは明治中期の製作で、昭和5年(1930年)に切断・改造して現在地に移設されました。平成20年(2008年)に登録有形文化財となりました。
Q若桜鉄道細見川橋梁はなぜ文化財なのですか?
A日本初の標準設計桁を改造・転用したことが明らかな遺構で、「再現することが容易でないもの」として登録されています。
Q若桜鉄道細見川橋梁はどこから見られますか?
A丹比駅と若桜駅の間を走る列車の車窓か、周辺の道路や川べりから外観を見ます。橋上と線路内は立入禁止です。

基本情報

名称若桜鉄道細見川橋梁
所在地鳥取県八頭郡八頭町富枝
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成20年(2008年)7月8日登録
員数1基
寸法橋長39メートル(錬鉄製3連桁橋、コンクリート造橋台及び橋脚付)
所有者八頭町
公開状況線路内・橋上は立入禁止。列車の車窓と周辺の道路・河原から外観を見学

参考文献

若桜鉄道細見川橋梁(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007299
登録有形文化財ご紹介(若桜鉄道株式会社)
https://wakatetsu.co.jp/bunkazai
近代化遺産としての若桜鉄道(八頭町観光協会 やずナビ)
https://yazukanko.jp/feature/wakasarailroad/
若桜鉄道若桜駅本屋及びプラットホーム、転車台ほか計23件(文化庁 日本遺産ポータルサイト)
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4487/

最終更新日: 2026.09.26