富山県の登録有形文化財
富山県 · 登録有形文化財
富山県射水市に佇む国登録有形文化財「牧田組本社(旧南島商行本店)」。1915年竣工のルネサンス様式を漂わせる褐色レンガ建築は、北前船で栄えた伏木港の近代化を物語る貴重な産業遺産です。
富山県南砺市にある赤祖父円筒分水槽は、サイフォンの原理で農業用水を公平に分配する1949年竣工の登録有形文化財。砺波平野の稲作を支えた貴重な農業土木遺産の魅力をご紹介します。
富山県高岡市の山町筋・守山町に建つ井波屋仏壇店は、1905年築の国登録有形文化財。鋳物製の唐草模様で飾られた大きなアーチ窓という独特の洋風ファサードが、土蔵造りの町並みの中でひときわ目を引きます。内部は吹き抜けと四周の回廊を持つ開放的な空間構成が特徴です。
富山市の富岩運河環水公園内に佇む牛島閘門は、1934年頃に建設されたパナマ運河方式の閘門です。富岩運河といたち川の水位差を調整し川船の往来を支えた土木遺産で、木製合掌門扉や一体型コンクリート閘室など昭和初期の技術が息づいています。2002年に国の登録有形文化財に登録されました。
富山県滑川市荒町に佇む小沢家住宅店蔵は、明治後期に呉服商の店蔵として建てられた国登録有形文化財です。黒漆喰壁、観音開扉、剣形雪割瓦、起り屋根の下屋など、北陸地方の気候風土に根ざした重厚かつ地方色豊かな土蔵造りの建築が今に残ります。
富山県南砺市城端に佇む桂湯は、昭和5年頃に建てられた銅板張りファサードが特徴的な元銭湯です。洋風の蛇腹や切妻破風を持つ木造二階建ての建物は、善徳寺門前町の景観に彩りを添える存在として2019年に国の登録有形文化財に登録されました。現在はクラフトギャラリーとして活用されています。
富山県富山市にある上滝発電所は、大正13年(1924年)に竣工した現役の水力発電施設で、国の登録有形文化財に指定されています。常願寺川水系の県営電気事業第一期として建設された三発電所のうち最も下流かつ最大規模を誇り、鉄筋コンクリート造の陸屋根という当時としては先進的な意匠を備えた近代化産業遺産です。
富山県高岡市二塚の歓盛寺山門は、明治後期に建てられた間口4.7メートルの三間一戸薬医門。妻飾の虹梁大瓶束や笈形、蟇股を精緻な彫刻で飾り、通路には格天井を張る。国宝瑞龍寺の脇門を移したとも伝わる。平成30年登録。
富山県高岡市二塚の歓盛寺離座敷は、明治39年に尼僧学林の講師控所として建てられた木造二階建。建築面積57平方メートル、各階に八畳二室を置き、奥の間は上下階とも座敷飾の床を備える。平成30年に国の登録有形文化財となった。
富山県高岡市二塚の歓盛寺本堂は、寛文から寛延にかけて建てられた曹洞宗末寺の堂。入母屋造桟瓦葺で八間取方丈形式をとり、背面に開山堂を張り出す。明治35年に北陸初の尼僧学林が置かれると授業室に転用された。平成30年登録有形文化財。
富山県滑川市瀬羽町、旧北陸街道に面して建つ明治初期の商家建築。慶応二年の大火で焼失した後に再建され、味噌醤油や金物を商った神田屋の作りつけの帳場とミセ構えが残る。平成十二年に国の登録有形文化財となった。
富山県氷見市朝日本町、湊川左岸の旧藺製品倉庫の西に建つ昭和32年築の木造二階建。畳表や茣蓙の需要拡大に応じ、生産と保管を兼ねて建てられた。一階は隣接する土蔵の戸前と直結する。令和3年に登録有形文化財となった。
富山県氷見市朝日本町、湊川左岸に建つ大正後期の土蔵造倉庫。旧氷見銀行の米蔵として建てられ、のちに畳表や茣蓙など藺製品の集荷拠点となった。南面東端に開く荷揚口が舟運の記憶をとどめる。令和3年登録有形文化財。
旧内山家住宅にわ(作業場)は、内山家の農作業が営まれた土間の働きの場。主屋北側で井戸や籾倉の跡とまとまり、格式ある座敷や茶室と対をなして、千石地主でありながら屋敷に残る農家らしさを伝える。平成十年に登録有形文化財。
旧内山家住宅井戸上屋は、邸内の井戸を覆う小さな屋根がけの建物。主屋北側の働きの側に立ち、炊事や農作業を支えた水源を守った。屋敷の日常を支えた設備が一棟として残る例で、平成十年に登録有形文化財となった。
旧内山家住宅表門は、来訪者が最初に対するどっしりとした門構え。十村役を務めた越中屈指の地主内山家の格式を示し、邸内にいくつも設けられた入口群のなかで正面の格を担う一棟。平成十年に登録有形文化財となった。
旧内山家住宅北門は、作業場や井戸が集まる主屋北側の勝手向きへ開く門。格式ある表門に対し、大農家としての日々の労働の往来を担った。屋敷の門群がもつ序列を伝える一棟で、平成十年に登録有形文化財となった。
富山市宮尾の旧内山家住宅主屋は、慶応四年(一八六八)建築の木造一部二階建。農家の実用とにわ、明治に改装された書院や表座敷が一棟に同居する。四尺の深い軒庇や二つの水琴窟が見どころで、平成十年に登録有形文化財となった。
旧内山家住宅の人力車おき場・車夫小屋・炭小屋は、三つの機能を一棟にまとめた実務の建物。人力車の普及が明治期を映し、地主制のもとで暮らしが最も豊かだった頃の内山家を示す。平成十年に登録有形文化財となった。
旧内山家住宅背戸の門は、座敷の裏手にあたる働きの場へ開く日常の出入口。客が用いる表門に対し、家人や職人の往来を担った。表向きと私的な暮らしを分ける屋敷構えを伝える一棟で、平成十年に登録有形文化財となった。