和歌山県の登録有形文化財
和歌山県 · 登録有形文化財
和歌山県すさみ町の福田家住宅離座敷は、明治36年に主屋西側へ渡廊下で結んで建てた約42平方メートルの客間です。床・棚・付書院を備え、細身のケヤキが軽快で、平成24年に国の登録有形文化財となりました。個人住宅のため常時非公開です。
和歌山県すさみ町の福田家住宅風呂及び便所は、大正元年に建てられた約4.7メートル四方の建物です。南に便所5室、北に風呂と脱衣を設け、独立した水回り棟が残る点が貴重で、平成24年に国の登録有形文化財となりました。個人住宅のため常時非公開です。
和歌山県岩出市の福田家住宅門は、昭和24年に焼失した長屋門の部材を再利用し、翌25年に建てた一間薬医門です。ケヤキ一枚板の板戸や西袖の潜戸が見どころで、平成24年に国の登録有形文化財となりました。個人住宅のため外観のみ見学できます。
和歌山県御坊市の老舗醸造所・堀河屋野村で、もろみを絞り、薪の火で醤油を火入れして瓶に詰める作業蔵です。煉瓦造りの背の高い煙突とコンクリート造のムロが醸造所の景観を特徴づける、2014年登録の有形文化財です。
堀河屋野村の第一仕込蔵は、醤油もろみを熟成させる江戸末期の蔵です。柱や梁にまで麹菌が付着し、空気をよく通す中塗りの壁とともに、添加物を使わない手仕事の醸造を今も支えています。2014年に登録されました。
堀河屋野村の第二仕込蔵は、御坊市で大正前期に建てられた木造平屋建ての蔵です。西洋式のキングポストトラスが大きな屋根を支え、その下に並ぶ多数の木桶で醤油がじっくりと仕込まれます。2014年登録の有形文化財です。
堀河屋野村の店舗兼主屋は、御坊の新町通りに面する江戸末期の町家です。ベンガラ塗りの木部と出格子、アガリトと呼ばれる板床が独特の地方色を残し、来訪者を迎える唯一の登録建物となっています。2014年登録。
堀河屋野村の土蔵は、敷地のほぼ中央に立つ江戸末期の土蔵造の二階建てです。厚い土壁が火災や湿気から醸造の道具や家財を守り続け、その堅固な姿が醸造所全体の配置をまとめています。2014年に登録されました。
堀河屋又兵衛家住宅主屋は、御坊の寺内町の中心部に建つ江戸末期の町家です。軒下のオダレと正面の出格子が独特の地方色をよく残し、日高別院裏の通りの歴史的な景観を構成しています。2014年に登録されました。
堀河屋又兵衛家住宅土蔵は、主屋の北に建つ昭和初期の小さな土蔵です。花崗岩の基礎の上に載り、竪板張と漆喰塗りの西面を見せ、主屋と対をなして御坊寺内町の通りの歴史的な景観を構成しています。2014年に登録。
和歌山県橋本市に建つ「みそや別館上蔵及び離座敷」は、明治中期に建てられた国登録有形文化財です。1495年創業のみそや呉服店の敷地内にあり、貴重品を守る上蔵と格式ある離座敷を一棟にまとめた独特の構成をもつ建物。高野山参詣の宿場町として栄えた橋本の、豊かな商家文化を今に伝えています。
和歌山県橋本市に残るみそや別館下蔵は、文化5年(1808年)に建てられた江戸後期の土蔵です。高野山参詣の宿場町として栄えた橋本の商家文化を今に伝える国登録有形文化財で、主屋・上蔵とともに貴重な建築群を形成しています。紀ノ川沿いの歴史ある町並みとあわせて鑑賞できる、隠れた和歌山の文化財スポットです。
和歌山県橋本市に残る国登録有形文化財「みそや別館主屋」。明治17年(1884年)に建てられ、高野山参詣の宿場町として栄えた町並みに今も静かに佇む町家建築の魅力と歴史をご紹介します。
世界遺産・高野山の奥之院参道近くに佇む密厳院苅萱堂。興教大師覚鑁上人にゆかりの密厳院に属し、苅萱道心と石童丸にまつわる物語と親子地蔵尊の霊験で知られる朱塗りの御堂を、文化的背景とともにご案内します。
敷地南面の東半、主屋座敷部の庭と国道とを画す明治三十九年(一九〇六)頃の石塀。緑泥片岩の紀州青石を人頭大の乱石積みとし、延長は十八メートル余り、高さは約一・八メートル。上端を笠木形に仕上げ、街道の景観を決めている。
屋敷の北、小路を隔てた別敷地に建つ昭和十二年(一九三七)築の平屋。入母屋造の桟瓦屋根に四周の瓦庇をめぐらし、南正面に切妻の玄関を構える。八畳の座敷など四室を矩折れの中廊下でつなぎ、小壁や妻壁の赤土塗が鮮やかである。
山本勝之助商店の屋敷北西に建つ、大正十二年(一九二三)築の二階建て土蔵。花崗岩の高い石垣を基礎とし、白漆喰の壁の腰に竪羽目板を張る。本瓦葺の切妻屋根をのせ、西方から見た屋敷の景観の要となっている。
内蔵一の東に、棟の向きを東西に違えて建つ大正中期の二階建て土蔵。花崗岩の石垣を基礎に白漆喰で塗り、腰に竪羽目板を張る。屋根は本瓦ではなく桟瓦葺とし、南には鉄板葺の庇のもとに戸口を開いている。
和歌山県海南市で棕櫚や薬種を商った山本勝之助商店の主屋。江戸末期の居室部に、明治三十九年、高欄付きの縁をめぐらす三階建ての座敷部を増築した。黒漆喰の真壁と段違いの瓦屋根が、街道沿いの景観を特徴づけている。
主屋正面の東寄りに西面して立つ、明治三十九年(一九〇六)頃の腕木門。間口は約一・二メートルと小さく、居室部の表から座敷部の庭へと通じる。和歌山特有の丸桟瓦を葺いた切妻屋根に、黒漆喰の袖塀を付している。