愛知県・江戸
Edo愛知県 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
名古屋市東区にある江戸時代の茶碗で、本阿弥光悦の作。高さ8.8センチメートル。全面に黒釉を掛けるが一部が極薄く、黒褐色の器膚が現れる。光悦黒楽茶碗の特色を最もよく示すとされ、平成19年に重要文化財となった。
刀〈銘出羽大掾藤原国路〉は愛知県内の個人が所有する江戸時代の刀1口で、昭和34年に重要文化財に指定された。作者は堀川国広門下の高弟である国路で、銘に含まれる受領名が制作年代を1610年代半ば以降に絞り込む。
愛知県の個人が所蔵する重要文化財「銹絵松鶴図六角皿」は、尾形乾山が作陶し兄・光琳が絵付けを施した江戸時代の傑作。宝永七年(一七一〇)の制作年が記された、兄弟合作陶器で唯一の紀年銘作品であり、極めて珍しい六角形の器形と、振り返る鶴を描いた光琳の筆致、乾山自身の画賛が一体となった琳派陶器の基準作です。
愛知県岡崎市の伊賀八幡宮は、徳川家の祖・松平氏が創建した社。家康が本殿を建て、三代家光が幣殿と拝殿を連結し権現造の社殿を完成させた。極彩色の彩色と石造の神橋、北辰信仰に基づく南北の参道が見どころで、夏は蓮の名所。
愛知県犬山市の尾張国二宮。寛文元年(1661年)に尾張藩主徳川光友が再興した社殿で、比翼入母屋造の本殿と祭文殿及び東西回廊が尾張地方独特の配置を伝える。昭和56年(1981年)重要文化財。参拝は無料。
愛知県稲沢市の尾張大国霊神社(国府宮)の拝殿。江戸時代前期の切妻造、妻入、檜皮葺で、円柱が並ぶ全面開放の建物。派手な意匠が好まれた時代に、簡素な伝統的な和様の手法をよく守る。昭和30年(1955年)重要文化財。
愛知県稲沢市の尾張大国霊神社(国府宮)の正面に建つ三間一戸の楼門。1階が室町時代後期、2階が正保3年(1646年)と、二つの時代が重なる入母屋造檜皮葺の門で、棟札3枚が附。昭和30年(1955年)重要文化財。
愛知県豊田市足助の古い街道筋に残る大商家、紙屋鈴木家の屋敷。安永5年(1776年)の主屋ほか16棟と土地が一体で残り、江戸後期から明治にかけての商家の発展過程を示す。平成25年に重要文化財へ指定された。
愛知県北設楽郡豊根村の山中に建つ江戸時代中期の民家。柱間は7尺5寸と当時の常寸より広く、古六間取りに広縁を回す構えは武家住宅の形式にあたる。主屋と穀倉・新倉の3棟が昭和49年に重要文化財に指定された。
愛知県瀬戸市の定光寺に隣接する尾張藩祖徳川義直(源敬公)の廟。慶安4年から承応元年(1651〜52年)に陳元贇の設計で造られた、日本でも数少ない儒教式の配置。墓・唐門・焼香殿など7棟が国の重要文化財。
名古屋市昭和区の八事山興正寺に文化5年(1808年)に建てられた五重塔。装飾の少ない和様でまとめ、心柱を心礎に立て初重を土間とする古風な造りを残す、江戸末期の塔として重要な遺構。昭和57年重要文化財。
愛知県あま市の甚目寺は、名古屋城を鎮護する尾張四観音のひとつ。古材を活かして寛永4年に再建され室町の様式を伝える三重塔と、寛永11年建立の東門が昭和28年に重要文化財に指定され、境内は無料で参拝できる。
織田有楽斎が元和4年(1618年)ごろ京都建仁寺正伝院に建てた二畳半台目の茶室。古暦の腰張りと斜めの壁から暦の席・筋違いの席と呼ばれ、移築を重ねて犬山の有楽苑に建つ。内部は月1回の予約制見学会でのみ公開。
性海寺本堂は愛知県稲沢市大塚南にある真言宗智山派・大塚山性海寺の仏堂です。慶安年間の再建ですが、堂内の須弥壇や折上小組格天井は鎌倉期の部材を再用しており、宝塔とあわせ昭和44年に国の重要文化財に指定されました。
織田有楽斎が元和4年(1618年)ごろ京都建仁寺正伝院に如庵と隣り合わせて営んだ隠居所。七畳と六畳4室を縁がめぐり、南の主室は茶座敷を兼ねる構え。長谷川等伯・狩野山雪らの襖絵が残り、内部は予約制で公開。
三代将軍徳川家光が家康ゆかりの岡崎に正保3年に建てた滝山東照宮。本殿・拝殿幣殿・中門・水屋が一括して国の重要文化財で、朱漆と黒漆に極彩色を施した社殿群が江戸前期の徳川の権勢を今に伝える。滝山寺に隣接する。
愛知県新城市の鳳来寺山に鎮座する東照宮は、徳川家康を祀り、日光・久能山と並ぶ三大東照宮の一社に数えられる。家康生誕の伝説にちなみ三代将軍家光が発願し、慶安4年(1651年)に完成した本殿・拝殿などが国の重要文化財に指定されている。
愛知県新城市の鳳来寺山、1425段の石段の表参道に建つ慶安4年(1651年)の楼門。徳川家光の寄進による三間一戸入母屋造の朱塗りの門で、四方の蟇股に竹に虎や雲に麒麟を彫る。昭和28年(1953年)重要文化財。
旧堀田家住宅は愛知県津島市南門前町にある重要文化財の町家。棟札から主屋居室部は明和2年(1765年)、座敷部は明和7年の建造とわかる。両妻の卯建、荒神かまど、二畳台目の茶室、東蔵・西蔵・小蔵の三棟が残り、土日祝に公開されている。
愛知県江南市の曼陀羅寺の正堂裏に続く書院。寛文3年から延宝2年(1663〜74年)の建立で、室町風の構えに鷹の間・鶴の間・上欄の間を設ける。江戸時代は巡見使の接待に使われた。昭和37年(1962年)重要文化財。