愛知県・昭和

Shōwa

愛知県 の昭和時代(1926 – 1989)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

158 愛知県 昭和時代 1926 – 1989
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旧今泉医院診療棟
愛知県 昭和前
旧今泉医院診療棟

旧今泉医院診療棟は愛知県豊川市御津町に建つ昭和2年築の医院建築。左右対称の正面に洋風の車寄せを張り出し、屋根は寄棟造桟瓦葺、外壁はドイツ壁とする。平成16年に登録有形文化財となった。個人所有で内部は非公開。

旧今泉医院手洗い場
愛知県 昭和前
旧今泉医院手洗い場

旧今泉医院手洗い場は愛知県豊川市御津町の診療所前庭に据えられたコンクリート造の工作物。面積は1.8平方メートル。井戸水を高架水槽から配水し、患者は入る前に手を洗った。平成16年に登録有形文化財となった。

旧今泉医院病室棟
愛知県 昭和前
旧今泉医院病室棟

旧今泉医院病室棟は愛知県豊川市御津町の診療棟北東隅に接する昭和2年築の入院棟。切妻造桟瓦葺で西端に土間玄関を開き、6畳の病室3室と南北の板縁を備える。平成16年に登録有形文化財となった。個人所有で内部は非公開。

旧岡田医院給水塔
愛知県 昭和前
旧岡田医院給水塔

愛知県知多市岡田の旧岡田医院に残る、昭和4年築の鉄筋コンクリート給水塔。水道のない町で井戸水を一日分貯め、診療所と住居へ自然流下で配水した。登録有形文化財で、上水道普及前の自給的な暮らしを今に残す小さな実例である。

旧岡田医院蔵
愛知県 昭和前
旧岡田医院蔵

愛知県知多市岡田に残る登録有形文化財。軍医・竹内雅休が昭和四年に開いた医院の蔵で、昭和六年頃の建築とされる。一階を下見板張、二階をドイツ壁とした建築面積約二十平方メートルの小さな建物で、知多木綿で栄えた古い町並みに残る。

旧岡田医院主屋
愛知県 昭和前
旧岡田医院主屋

知多市岡田に残る旧岡田医院主屋は、軍医・竹内雅休が昭和4年に開業した医院。和風の瓦屋根に洋小屋トラスを組み、色ガラスの欄間や唐傘形の浴室天井を備える和洋折衷建築で、平成27年に登録有形文化財となった。

旧岡田医院診療所棟
愛知県 昭和前
旧岡田医院診療所棟

愛知県知多市岡田に残る昭和4年(1929年)頃の登録有形文化財。軍医・竹内雅休が建てた和洋折衷の医院で、横溝彫の煉瓦色壁とコーニスが目をひく。現在は知多木綿の手織り工房つものきとして公開され、機織り体験もできる。

旧岡田医院道具蔵
愛知県 昭和前
旧岡田医院道具蔵

愛知県知多市の旧岡田医院道具蔵は、元軍医・竹内雅休が昭和4年頃に建てた木造2階建の蔵。街路に面した北面を石積風の疑似モルタル塗で整え、知多木綿の町並みに溶け込む。平成27年に国の登録有形文化財となった。

旧岡田医院塀
愛知県 昭和前
旧岡田医院塀

愛知県知多市岡田の旧岡田医院塀は、昭和4年頃に築かれた鉄筋コンクリート造の登録有形文化財。谷積風の石積基礎に立つ高さ約1.9メートル、総延長33メートルの塀で、アーチを連ねた造りが木綿の町の街並みを形づくっている。

旧起第二尋常小学校奉安殿
愛知県 昭和前
旧起第二尋常小学校奉安殿

一宮市の三條神社境内に立つ小さな奉安殿。昭和4年、起第二尋常小学校が御真影と教育勅語を納めるため鉄筋コンクリート造で建てた。戦後の撤去を免れて神社へ移され、木造を写した造形と内部の厨子が当初のまま残る数少ない一棟。

旧加藤家住宅北高塀
愛知県 昭和前
旧加藤家住宅北高塀

名古屋市に隣接する北名古屋市の旧加藤家住宅に残る北高塀は、主屋北面の側庇を兼ねた塀である。上部に採光の縦格子窓を設け、延長11メートルの木造部分に約27メートルの土塀が附属する。昭和初期の建造で、平成11年に国の登録有形文化財となった。

旧加藤家住宅離れ
愛知県 昭和前
旧加藤家住宅離れ

旧加藤家住宅離れは愛知県北名古屋市にある昭和初期の座敷棟。主屋の西に建ち渡り廊下で結ばれる。北十畳・南八畳の続き間の南に起り屋根の茶室が続き、数寄屋風の意匠が評価されて1999年に国の登録有形文化財となった。見学は無料。

旧加藤商会ビル
愛知県 昭和前
旧加藤商会ビル

名古屋・納屋橋の東詰に建つ旧加藤商会ビルは、貿易商加藤勝太郎が昭和六年頃に本社として築いた鉄筋コンクリート造の事務所建築。シャム国領事館も置かれ、現在はタイ料理店と堀川ギャラリーとして公開される登録有形文化財です。

旧国鉄武豊港駅転車台
愛知県 昭和前
旧国鉄武豊港駅転車台

愛知県知多郡武豊町の旧武豊港駅構内に残る昭和2年の鉄製転車台。直径7.5メートルの円に2本のレールが直角に交わる直角2線式で、狭い構内で貨車1両の向きを効率よく変えた。平成21年に国の登録有形文化財となった。

旧津島信用金庫本店
愛知県 昭和前
旧津島信用金庫本店

愛知県津島市本町の旧津島信用金庫本店は、昭和4年に名古屋銀行津島支店として建てられた全鉄筋コンクリート造の銀行建築である。平成18年に登録有形文化財となり、今は津島市観光交流センターとして無料公開されている。

旧常滑市立陶芸研究所(とこなめ陶の森陶芸研究所)正門
愛知県 昭和中
旧常滑市立陶芸研究所(とこなめ陶の森陶芸研究所)正門

旧常滑市立陶芸研究所正門は、堀口捨己が本館とともに設計したコンクリートブロック造の門です。間口5.0メートルの鉄格子戸と、極太明朝体で板から打ち抜かれた七文字が見どころ。2023年に登録有形文化財となりました。

旧常滑市立陶芸研究所(とこなめ陶の森陶芸研究所)本館
愛知県 昭和中
旧常滑市立陶芸研究所(とこなめ陶の森陶芸研究所)本館

旧常滑市立陶芸研究所本館は、堀口捨己が昭和36年に設計した鉄筋コンクリート造の建築です。紫タイルの外壁、屋上の三角屋根から降りてくる光、赤と金の応接室や銀の展示室を無料で見学できます。2023年に登録有形文化財となりました。

旧豊川電話装荷線輪用櫓
愛知県 昭和前
旧豊川電話装荷線輪用櫓

愛知県豊川市野口町の畑地に立つ旧豊川電話装荷線輪用櫓は、昭和3年開通の東京神戸間長距離電話網の遺構である。逓信省の標準設計による高さ6メートルの鉄筋コンクリート造工作物で、平成19年に登録有形文化財となった。

旧本多家住宅主屋
愛知県 昭和前
旧本多家住宅主屋

旧本多家住宅主屋は岡崎市欠町にある木造2階建の洋風住宅で、旧本多忠次邸として公開されている。本多忠次が東京・世田谷に建てた邸宅を岡崎市が移築復原し、平成26年に登録有形文化財となった。2階には三室続きの和座敷が残る。

旧山繁商店奥倉庫
愛知県 昭和中
旧山繁商店奥倉庫

旧山繁商店の九棟のうち最も新しい、昭和二十五年に建てられた倉庫である。内部には陶磁器に上絵付を施すための絵付場が設けられ、卸問屋の仕事の一場面を今に伝える。中倉庫の北に並んで建ち、瀬戸川北岸の倉庫群の一棟をなす。