全国の登録有形文化財
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栃木県栃木市嘉右衛門町、油伝味噌の敷地南側に文庫蔵と向き合って建つ明治期の平屋建住宅。10畳と6畳の2室からなり、北面と南面に縁側を設ける。3代伝兵衛の隠居所として建てられた。平成16年登録の登録有形文化財。
栃木県栃木市嘉右衛門町、油伝味噌の敷地北側で文庫蔵の西側に東西棟で建つ明治期の土蔵。北側に設けた下屋の壁が東方の凝灰岩造の外塀へ連続する。平成16年(2004年)2月17日登録の登録有形文化財である。
栃木県栃木市嘉右衛門町、油伝味噌の敷地北側の中ほどに建つ明治18年(1885年)の土蔵。内部3階建で石積基礎や防火戸をもち、棟札から三富清兵衛の作と判明している。平成16年登録の登録有形文化財である。
栃木県下野市国分寺字新開にある江戸時代の主屋1棟である。もとは同じ市内の小金井にあり、市に寄贈されたうえで公園に移築されてきている。令和3年(2021年)に登録された1棟の古く大きな農家の主屋になる。
玉や主屋は奈良県葛城市當麻の當麻寺門前の角地に建つ江戸時代末期のもと旅籠で、登録有形文化財。西を入母屋造、東を切妻造とした2階建で、外周に格子を立て、壁に「松に鶴」の鏝絵、軒の持送りに宝珠の彫刻を飾る華やいだ建物である。
奈良県葛城市當麻にある當麻寺中之坊の鎮守社1棟である。建築面積1.4平方メートルの一間社に、千鳥破風と唐破風、二手先の組物を備え、全体に彩色を施す。小品ながら装飾性に富むとされる。令和4年(2022年)に登録された。
富山県射水市庄西町の庄川河口に建つ大正時代の事務所1棟である。回船業の南島商行の本店として建てられ、いまは牧田組の本社となる。木造の躯体に褐色煉瓦を貼り、入口を中心に左右対称の外観とする。平成14年(2002年)に登録された。
福岡県田川郡赤村内田にある明治時代の煉瓦造3連アーチの鉄道橋1基である。石炭を運ぶ鉄道のために架けられ、上流側に切石を貼り、下流側は複線化に備えて凹凸をつけて煉瓦を積む。平成11年(1999年)に登録された。
福岡県福岡市東区箱崎にある昭和時代の旧銭湯1棟である。下見板張の洋風の外観でありながら、内部には南に脱衣場、北に浴室を配している。令和7年(2025年)に登録された1棟の古い旧銭湯にあたるものである。
福岡県うきは市浮羽町山北にある明治時代の主屋1棟である。屋根は東面が入母屋造、西面が切妻造になっており、下屋の高さも面ごとに違っている。平成16年(2004年)に登録された1棟の古い主屋にあたるもの。
福島県郡山市麓山にある大正13年(1924年)竣工の公会堂建築。市制施行を記念して建てられた鉄筋コンクリート造2階建で、半円アーチの柱廊と躯体の隅に立つ塔屋をもつ。平成14年登録の登録有形文化財である。
兵庫県神戸市中央区北野町の洋館群の中に建つ昭和時代の洋風住宅1棟である。1階南側を3室続きのリビング・ダイニングとして暖炉を据え、2階に居室を置く。昭和初期の洋風住宅の好例とされる。平成15年(2003年)に登録された。
兵庫県明石市鳥羽、岩佐家住宅の敷地中央西寄りに南面して建つ明治37年(1904年)の主屋。黒漆喰の塗屋で、三方に下屋を回し起りのある破風をもつ。平成19年(2007年)7月31日登録の登録有形文化財。
兵庫県明石市鳥羽、岩佐家住宅の主屋の東に建つ明治37年(1904年)の土蔵。方2間で白漆喰塗、本瓦葺の切妻造とし、主屋との間の納戸を蔵前とする。平成19年(2007年)7月31日登録の登録有形文化財。
大石家住宅内蔵は、豊岡市但東町矢根の大石家住宅で主屋と裏ノ部屋のあいだに建つ昭和前期の土蔵造2階建。半間幅の渡り廊下と下屋の廊下で両棟とつながり、屋外へ出ずに出し入れできる。2011年登録、内部は非公開。
兵庫県豊岡市城崎町湯島字寺ノ谷にある昭和時代の駅舎1棟である。二階の中央と北側の温泉寺側とに乗降場が二か所あり、間口も広いとされる。平成29年(2017年)に登録された1棟の中間点にある駅舎にあたる。
兵庫県豊岡市城崎町湯島字寺ノ谷にある昭和時代の駅舎1棟である。屋根の西側だけが陸屋根になっており、その上が展望台にあてられている。平成29年(2017年)に登録された1棟の終点にある駅舎にあたるもの。
兵庫県豊岡市城崎町湯島字寺ノ谷にある昭和時代の駅舎1棟である。鉄骨造の駅舎と鉄筋コンクリート造の乗降場とからなり、地階には機械室を持っている。平成29年(2017年)に登録された1棟の起点駅舎である。
兵庫県西宮市社家町にある江戸時代の石橋1基である。橋長6.0メートル・幅員1.8メートルで、若戸大橋のおよそ100分の1にあたる。指定ではなく、平成25年(2013年)に登録された1基の小石橋である。
北海道斜里郡斜里町越川にある昭和時代の鉄道橋1基である。1940年に完成したが同じ年に工事が止まり、線路は届かなかった。1973年に国道工事で橋脚2本が撤去された。平成10年(1998年)に登録された。