千葉県・鎌倉
Kamakura千葉県 の鎌倉時代(1185 – 1333)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
千葉県香取市の観福寺が伝える銅造薬師如来坐像は、もと香取神宮の本地仏として鋳られた金銅の懸仏4躯の一つ。明治の廃仏毀釈で吹き潰される寸前に救われた鎌倉時代の名品で、像高約33センチながら重要文化財に指定されている。
建長元年(1249)から明治初年まで、およそ620年分。日常置文に始まり、千葉氏の寄進状や大奥の参詣書状に至る839通が令和6年に重要文化財へ。市川・中山の大本山と、その文書が語る歴史を訪ねる手引き。
千葉県市川市の法華経寺が護持する日蓮の自筆遺文。巻子56巻ほか百余点に及ぶ真蹟で、富木常忍ら在家の信者に宛てた書状と論述が中心をなす。昭和42年に重要文化財へ指定され、現在は境内の聖教殿に保管されている。
千葉県一宮町の玉前神社に伝わる鎌倉時代の白銅鏡。直径20.5cmの背面に洲浜、梅の老木、2羽の雀、ススキを写実的に表す。縁の2穴から神前に懸けた御正体とみられる。現在は大多喜城分館に寄託され、分館は改修のため休館中。
千葉県鋸南町の日本寺に伝わる元亨元年(1321年)の梵鐘。下野の鋳物師卜部助光の作で、下野の天宝寺から鎌倉の浄妙寺を経て日本寺に渡った経緯を銘に刻む。鐘楼が2019年の台風で被災し、現在は法堂内で保管している。
千葉県館山市の小網寺に伝わる弘安9年(1286年)の梵鐘。鎌倉の名工物部国光の作で、総高107.5cm。池の間に梵字の大随求陀羅尼、銘に寺の旧名金剛山大荘厳寺を刻む。県内の名鐘の一つで、境内の鐘楼に懸かる。
千葉県長柄町の眼蔵寺に伝わる弘長4年(1264年)の梵鐘。紀年銘をもつ鐘として県内最古で、乳の代わりに胎蔵界四仏の種子を鋳出す全国でも3例しか知られない無乳の鐘である。作者は上総国刑部郡の鋳物師広階重永である。
千葉県松戸市の本土寺に伝わる建治4年(1278年)の梵鐘。上総の鋳物師大中臣兼守の作で、佐倉の大福寺から文明14年に移された際、十二神将の種子を削って日蓮以下の名を刻んだ。実物は宝物殿に保管されている。
千葉県市川市の法華経寺が所蔵する国宝。文応元年に北条時頼へ建白した『立正安国論』を、日蓮自身が文永6年(1269年)に書き写した全長15.98メートルの真筆巻子で、蒙古襲来を予見した書として知られる。
千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館が所蔵する国宝「後宇多院宸記」。出家後もふたたび院政をしいた後宇多院が、文保三年(一三一九年)の具注暦の余白に自筆で書き残した一巻の日記で、鎌倉後期の宮廷を内側から知る貴重な古記録です。
千葉・国立歴史民俗博物館が所蔵する国宝。倭人記事で知られる『漢書』地理志を含む南宋慶元年間の刊本で、全61冊が完存する。直江兼続を経て米沢藩校興譲館に伝わった「上杉本」で、五山僧の書き入れも残る貴重な一具である。
千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館が所蔵する宋版後漢書(慶元刊本)。南宋慶元年間に建安で刷られた全六十冊の刊本で、史記・漢書とともに三史をなす。東夷伝には倭の使者や女王卑弥呼の記述が残り、直江兼続を経て米沢藩興譲館に伝来した上杉本である。
千葉・佐倉の国立歴史民俗博物館が所蔵する国宝。南宋の建安で黄善夫が刊行した『史記』で、集解・索隠・正義の三注を合わせた版としては現存最古の完本。全百三十巻が欠けることなく残る。五山僧の書き入れや直江兼続旧蔵の来歴も伝わる。