広島県・江戸
Edo広島県 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
広島県東広島市西条本町にある江戸時代の土蔵1棟である。窓の鉄格子銘から1836年の建築とわかり、地域に現存する土蔵では最古とされる。市は市の史跡の構成の一つに挙げる。平成29年(2017年)に登録された。
広島県庄原市比和町森脇の荒木家住宅。中世末から森脇八幡宮の神官を務めてきた荒木家の江戸中期の入母屋造・茅葺の民家で、土間と牛を飼う「だや」が半分を占め、神を祀る「たかま」をもつ。外観を見学することができる。
奥家住宅は、広島県三次市吉舎町にある江戸時代末期に庄屋を務めた家の住宅で、主屋が昭和53年に重要文化財に指定された。天明8年の主屋に内蔵形式の土蔵が続き、中国山地の上層農家の屋敷構成を伝える。
広島県東広島市の旧木原家住宅は、鬼瓦の署銘から寛文5年(1665)の建築と判明する町家。酒造と竹原の塩田業で財を成した豪商の住まいで、座敷を表通り側に置く古い間取りを残す。中国地方で最も古い民家とされる重要文化財。
広島県福山市の備後一宮 吉備津神社の本殿。慶安元年(1648年)に初代福山藩主・水野勝成が再建した重要文化財で、幅約18.5mにおよぶ大きな入母屋造。仏堂風の内部や桃山風の彫刻、二つの随神門が見どころ。
尾道の浄土寺の西側に建つ方丈・唐門・庫裏及び客殿・宝庫・裏門・露滴庵の6棟。1690年の方丈から18世紀後期の裏門まで、尾道の豪商が支えた近世の建物群と、伏見城伝来と伝わる茶室露滴庵の実際、拝観方法を解説する。
旙山家住宅は、広島県三次市三良坂町にある18世紀中期と考えられる入母屋造、茅葺の農家で、昭和53年に重要文化財に指定された。灰塚ダム建設に伴い移築・復元され、毎月第1・第3日曜日に内部を公開している。
いろは丸展示館は、広島県福山市鞆町の船着場の正面に建つ江戸時代末期の2階建ての土蔵で、平成9年に登録有形文化財となった。なまこ壁の妻を港に向け、坂本龍馬のいろは丸の引き揚げ資料を展示している。
広島県福山市神辺町、堂々川の右岸支谷の上流部にある江戸時代後期の石積堰堤。堤長21メートル、堤高3.8メートル。空石積と乱積の両袖、算木積の隅、谷積の上部を一つの堤に備え、両袖は水通より前へ張り出す。平成18年登録。
東広島市白市の大藤家住宅土蔵は、敷地の西端で南の路地に面する江戸末期の家財蔵。切妻造妻入の2階建で外壁は軒まで漆喰塗り、東面に土戸を建て、2階に二重梁の和小屋を現す。窓の少ない重厚な外観で2025年に登録。
榊山八幡神社随身門は、参道の中段に建つ天明2年頃の三間一戸八脚門で、境内で唯一の江戸時代の建物である。入母屋造銅板葺で扉のない中央間を吹き放ち、両脇の格子の奥に随身像と狛犬を祀る。国の登録有形文化財。
広島県三次市の照林坊で本堂の東南に建つ延享元年(1744年)の鐘撞堂。切石積基壇に建つ1間四方の吹放ちの鐘楼で、粽付円柱を内転びに立て、尾垂木付二手先斗栱と蟇股で飾る。平成23年(2011年)に登録有形文化財となった。
広島県三次市の照林坊で本堂の東北に南面して建つ宝暦2年(1752年)の経蔵。方3.8メートルの土蔵造宝形造で、鉢巻の上に出三斗組と蟇股を飾り、内部に格天井を張る。平成23年(2011年)に登録有形文化財となった。
広島県三次市の照林坊で本堂の後方に建つ享和元年(1801年)の庫裏。桁行22メートル、梁間14メートルの切妻造妻入で、土間に大戸口と勝手口を分け、南奥に御内仏を置く。平成23年(2011年)に登録有形文化財となった。
広島県三次市の照林坊で本堂の前方に建つ寛文5年(1665年)の四脚門。間口3.3メートル、切妻造銅板葺で正背面に軒唐破風を付け、詰組や繊細な繰形・絵様を見せる。平成23年(2011年)に登録有形文化財となった。
広島県三次市の照林坊の境内中央に東面して建つ嘉永5年(1852年)の本堂。建築面積629平方メートルの入母屋造本瓦葺で、矢来内を設けない平面が特徴。平成23年(2011年)に造形の規範として登録有形文化財となった。
広島県三次市の照林坊で本堂と庫裏を結ぶ江戸時代後期の渡り廊下。桁行21メートル、梁間2.9メートルで、花頭窓の漆喰壁と床下の壁で南北に仕切った複廊とする。平成23年(2011年)に登録有形文化財となった。
広島県福山市神辺町の堂々川で最も下流にある江戸時代後期の砂留。当初の堰堤の東袖部だけが残り、堤長9.6メートル、堤高3.2メートル。空石積と布積の下段に割石を段状に重ね、平成18年に登録有形文化財となった。
広島県福山市神辺町の堂々川にある天保6年(1835年)頃の石積堰堤。堤長31メートル、堤高8.8メートル。6分勾配の階段状の堤体に布積と谷積で嵩上げし、緩いアーチ平面と堤頂のなわだるみをもつ。平成18年登録。
広島県福山市神辺町の堂々川にある天保3年(1832年)頃の石積堰堤。大型の花崗岩を6分勾配で階段状に積み、緩やかなアーチ平面で両岸の地山に取り付く。平成8年の発掘で基礎が岩盤に達することが確かめられた。