北海道・明治
Meiji北海道 の明治時代(1868 – 1912)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
旧網走監獄は北海道網走市呼人の博物館網走監獄にある明治45年(1912年)の監獄建築で、庁舎・舎房及び中央見張所・教誨堂の3棟が重要文化財。司法省の設計で収容者が施工し、木造の放射状舎房が完全な形で残る唯一のものとされる。
旧網走刑務所二見ヶ岡刑務支所は北海道網走市呼人の博物館網走監獄にある刑務所の農園施設で、明治29年(1896年)の庁舎・舎房・炊場など5棟が重要文化財。自給自足のための農場として開かれ、平成11年(1999年)に博物館に移された。
明治10年に札幌の市街中心部へ建てられた木造二階建ての庁舎。開拓使工業局の営繕課が米国の建築雛形書を写しながら洋風建築を習得した過程を、棟飾りや破風の彫り飾りに残す。工業局工作場の現存唯一の遺構として重要文化財に指定。
北海道小平町の海岸に建つ旧花田家番屋は、明治38年頃に網元花田伝作が築いた道内最大の鰊番屋。約200人のヤン衆が寝泊まりした宿所と親方の座敷、三つの囲炉裏が残り、建造物として日本最北の国指定重要文化財に指定されている。
太刀川家住宅店舗は北海道函館市弁天町にある明治33年(1900年)の煉瓦造2階建の店舗で、重要文化財。煉瓦造と木造トラスの洋風構造で土蔵造の外観をもち、内部は和風を基本に洋風を取り入れた和洋折衷の店舗である。
旧日本郵船株式会社小樽支店は北海道小樽市色内にある明治39年(1906年)竣工の石造2階建の建物で、重要文化財。当初の照明器具や暖炉がよく残り、明治39年の樺太国境画定会議が開かれた歴史的な遺構でもある。
札幌の中島公園に建つ豊平館は、開拓使が明治13年に建てた木造二階建の洋風ホテル。明治天皇の行在所として開館し、ウルトラマリンブルーの窓枠と漆喰の天井中心飾りが残る。昭和39年に重要文化財に指定され、現在は一般に公開されている。
札幌の北海道大学構内に残る第二農場は、クラークの構想のもとで築かれた洋式農場。明治10年の模範家畜房や穀物庫を含む9棟が昭和44年に重要文化財に指定された。入場は無料で、屋内3棟は4月末から11月初めに公開される。
北海道伊達市の旧三戸部家住宅は、亘理伊達家の集団移住が遺した茅葺の開拓農家で、昭和46年指定の重要文化財。土間と二室の小さな建物ながら木割が太く、後の屯田兵屋と平面が似る。だて歴史の杜に建ち、見学は外観のみとなる。
旭川市のあさでん春光整備工場は、旧陸軍第七師団騎兵第七連隊の覆馬場で、平成13年登録の登録有形文化財。積雪期の軍馬訓練のため煉瓦造とし、鉄製フィンクトラスが千平方メートル超の無柱空間を架ける。現在はバスの整備工場である。
明治32年に建てられた旧国鉄旭川車両センターの木機乾燥場。列車の用材を乾かした正方形平面の煉瓦造で、フランス積の壁に三中心アーチと焼過煉瓦の装飾を備える。平成27年登録、現在は旭川市市民活動交流センターの市民活動支援棟。
明治32年築、旧国鉄旭川車両センターの第二木機職場。車両の木部造作を担った建物で、幅広のアーチ窓とスリット窓が並ぶ煉瓦壁をもつ。平成27年に登録有形文化財となり、現在は約180人収容の多目的ホールとして使われている。
北海道日高町富川南の飯田家住宅座敷棟は、明治44年に旧門別町で皇太子行啓の宿所として建てられた建物の座敷二室と東廊下を昭和26年に移築した一棟。ヒノキの軸部と折上格天井が残り、平成26年に登録有形文化財となった。
北海道日高町門別本町の飯田家住宅主屋は、太平洋に面して建つ明治後期の木造平屋建。応接用の洋間と二室の座敷を矩折れの廊下でつなぎ、十五畳主室は高い棹縁天井と大振りの床に上下窓を並べる。平成27年に国の登録有形文化財となった。
札幌市南区真駒内に建つ国の登録有形文化財。明治20年築の真駒内種畜場事務所を昭和39年に移築した木造平屋建で、北海道酪農の礎を築いたお雇い米国人エドウィン・ダンの足跡と一木万寿三の油絵23点を伝える記念館。
旭川市宮下通、上川倉庫事務所の西隣に立つ明治37年(1904年)の木骨煉瓦造平屋建の倉庫。長い側面を通りに向け、東隣の八号倉庫とともに煉瓦の壁を宮下通に連ねる。登録の時点では多目的ホールとして使われていた。
旭川市宮下通、上川倉庫群の西角に立つ明治36年(1903年)の木骨煉瓦造倉庫。キングポストトラスの小屋組、焼過ぎ煉瓦の基壇、歯飾り付きの蛇腹をもつ。椅子のギャラリーを経て、いまは旭川市民ギャラリーが入る。
旭川市宮下通、上川倉庫群の駅側に立つ明治43年(1910年)の木骨煉瓦造倉庫。長手積の壁に2段の歯飾りの蛇腹を巡らせる。平成9年(1997年)から旭川デザイン協議会のデザインギャラリーとして無料で公開されている。
旭川市宮下通、上川倉庫群の北角に妻側を通りへ向けて立つ明治33年(1900年)の木骨煉瓦造倉庫。倉庫群で最初に完成した1棟で、敷地側には三心円アーチの入口を開く。音楽の稽古場リハーサルホールとして使われている。
旭川市宮下通、上川倉庫事務所の東隣に立つ明治37年(1904年)の木骨煉瓦造倉庫。切妻造で瓦葺一部鉄板葺、外壁はイギリス積で、建物の隅を焼過ぎ煉瓦の柱型で固める。一号倉庫と対になって通りの景観をつくる。