神奈川県の史跡名勝天然記念物
神奈川県 · 史跡名勝天然記念物
神奈川県相模原市磯部にある国史跡「勝坂遺跡」は、縄文時代中期の大集落跡。立体的な装飾と顔面把手で知られる「勝坂式土器」の標式遺跡であり、復元された竪穴住居が縄文の暮らしを今に伝えます。
神奈川県鎌倉市長谷の高徳院境内一帯は、平成16年に「鎌倉大仏殿跡」として国の史跡に指定されました。建長4年(1252)に鋳造が始まった国宝・鎌倉大仏を覆っていた壮大な大仏殿は、度重なる強風や地震によって倒壊し、室町時代以降は再建されませんでした。境内には大仏殿を支えていた直径約2メートルの安山岩製礎石53個が今も散在し、五間四方に裳階をめぐらせた中世屈指の大伽藍の在りし日の姿を物語ります。本記事では、鋳造遺構や根固め遺構の発掘成果、江戸期の祐天上人による復興、そして大仏胎内拝観や周辺の長谷寺・大仏ハイキングコースなど、訪問の見どころを丁寧にご紹介します。
神奈川県鎌倉市にある亀ヶ谷坂は、北鎌倉の山ノ内と扇ヶ谷を結ぶ古道で、鎌倉七切通しの一つとして1969年に国の史跡に指定されました。中世の武家政権の都・鎌倉を支えた重要な交通路で、両側に切り立つ岩壁、峠の六地蔵、季節のアジサイや紅葉が訪れる人を迎えます。
横浜・馬車道に堂々と立つ旧横浜正金銀行本店本館は、明治建築界の巨匠・妻木頼黄が設計し、一九〇四年に竣工したネオ・バロック様式の石造建築です。重要文化財・国史跡に二重指定され、現在は神奈川県立歴史博物館として活用されています。エースのドームと称される八角ドーム、コリント式の大オーダー、関東大震災を生き延びた構造をたどりながら、近代日本の国際金融を支えた建物の歴史と魅力を紹介します。
神奈川県横浜市本牧にある三溪園は、生糸貿易で財をなした実業家・原三溪が明治39年に開園した約17万5,000平方メートルの日本庭園です。京都・鎌倉・飛騨などから移築された17棟の歴史的建造物が四季の景観と調和し、平成19年に国の名勝に指定されました。古建築と自然が一体となった、近代を代表する庭園を旅行者の視点でご紹介します。
神奈川県鎌倉市の国指定史跡・東勝寺跡。13世紀に北条泰時が開いた得宗家の氏寺で、1333年に北条高時ら870余人が自害し鎌倉幕府が滅んだ終焉の地。発掘で三鱗文の瓦や石垣が出土し、城郭的な寺院構造が確認された。
逗子市と葉山町にまたがる国指定史跡・長柄桜山古墳群は、4世紀に築造された神奈川県最大の前方後円墳2基からなる古墳群です。1999年に偶然発見されたこの古代遺跡は、相模湾・江の島・富士山を望む絶景の丘に位置し、ハイキングとともに古代の歴史ロマンを体感できます。東京からわずか1時間のアクセスも魅力です。
神奈川県小田原市早川、石垣山の北斜面の崖にバクチノキの巨木が立つ。樹高約20メートル、幹周4.9メートル、樹齢約350年。樹種の分布上の東北限に近い貴重な個体として、大正13年に国の天然記念物に指定された。
神奈川県藤沢市の清浄光寺(遊行寺)境内に立つ国史跡。応永23年(1416年)の上杉禅秀の乱で倒れた両軍の戦死者を、敵味方の区別なく弔うため、時宗十四代太空上人らが建てた石塔婆である。怨親平等の碑とも呼ばれ、同種の供養塔では古い例とされる。
神奈川県横須賀市の塚山公園内に立つ二基の宝篋印塔。徳川家康の外交顧問として仕えた英国人ウィリアム・アダムス(三浦按針)と妻の供養のため、按針の遺言により江戸を望むこの地に建てられたと伝わる。大正12年に国の史跡に指定された。
神奈川県鎌倉市山ノ内、明月谷の奥に広がる明月院境内は1984年に国史跡に指定。鎌倉最大級のやぐらや伝・北条時頼墓所、鎌倉十井の瓶ノ井、開山堂などが残り、上杉憲方が中興した禅興寺塔頭の旧地として知られる。
神奈川県湯河原町の山神の樹叢は、昭和14年に国の天然記念物に指定された常緑広葉樹林。指定の中心だった大ホルトノキは今は枯れたが、暖地性樹林の名残として県内で最も西の森が残り、土肥実平ゆかりの山の神の祠をいだく。
鎌倉市二階堂の永福寺跡は、源頼朝が奥州合戦の死者を弔うため平泉の中尊寺に倣って建てた大寺院の跡です。二階堂を中心に三堂が並び、苑池を備えた浄土式庭園が広がっていました。発掘調査をもとに基壇と池が復元され、史跡公園として公開されています。