京都府の登録有形文化財
京都府 · 登録有形文化財
京都市上京区の中村宗哲家住宅は、千家十職の塗師である中村家の居宅で、嘉永7年の建築。数寄屋大工の木村清兵衛が手がけ、面皮柱や絞り丸太を用いる。再現が容易でないという基準で平成15年に登録された非公開の町家。
京都市上京区の中村治男家住宅主屋は、明治後期建築で昭和8年に改修された表屋造の京町家。間口3間半の表屋と坪庭を介した居住棟を並置し、大戸、出格子、虫籠窓を街路に見せる。平成19年に登録された非公開の個人宅。
京都市上京区の中村治男家住宅土蔵は、明治後期建築の土蔵造2階建。方2間、建築面積23平方メートルの小規模な蔵ながら、切妻屋根の平側を街路に向け、白漆喰と弁柄塗の腰で主屋と一続きの街路景をつくる。平成19年に登録。
京都市中京区に建つ国登録有形文化財・日本写真印刷本館は、明治39年(1906年)に京都綿ネルの事務所として建造された煉瓦造2階建の洋風建築です。コリント式石柱や装飾鉄板天井など、明治の意匠美を今に伝える貴重な建造物の魅力と見どころをご紹介します。
京都市中京区に佇む日本聖公会京都聖三一教会は、昭和5年(1930年)竣工の国登録有形文化財です。米国人建築家バーガミニーが設計した和風木造教会建築で、真壁造りの外観、左官細工による十字架とブドウの装飾、幾何学的トラス小屋組の礼拝堂など、和洋折衷の魅力をご紹介します。
京都・中京区に佇む久田家半床庵茶室は、三代宗全が考案した独創的な茶室。表千家との深い結びつきを持つ久田家の歴史と、登録有形文化財に指定されたその魅力をご紹介します。
大正六年(1917)築、舞鶴・吉原の漁師町に残る町家風銭湯。番台を中心に男女を分ける戦前の銭湯建築の姿を残し、2021年に国登録有形文化財に登録。「東洋のベネチア」吉原入江のすぐそばで今も営業を続ける。
京都駅から徒歩圏内の七条通に立つ富士ラビットは、大正14年頃に日光社の社屋として竣工した鉄筋コンクリート造3階建のレトロビル。塔屋やタイヤ意匠のステンドグラスが見どころです。
京都市北区紫野、銭湯として知られる船岡温泉の同じ敷地内に、大正12年(1923年)頃に建てられた料理旅館「船岡楼」の主屋が今も残る。木造2階建、瓦葺、建築面積194㎡。2003年7月に登録有形文化財に登録された、京都の中規模料理旅館建築の貴重な現存例。
京都市北区紫野、船岡温泉の北東角に建つ木造2階建ての小さな旧理髪店。建築面積わずか29㎡、大正12年(1923年)頃に造られた看板建築の早期事例で、平成15年に隣接する浴場・脱衣場・旧船岡楼とともに登録有形文化財となった。
京都市北区紫野の船岡温泉浴場は、昭和7年(1932年)築の鉄筋コンクリート造平屋建。創業時の煉瓦浴場を建て替えたもので、千本鞍馬口の菊水橋から移した石造欄干、和製マジョリカタイル、丸窓の採光部など奇抜な造形が見どころ。
京都・平安神宮の本殿背後を区切る内廻廊は、昭和15年に建てられた登録有形文化財。基壇上に連子窓の壁と円柱を配し、緩やかに反る銅板葺の屋根をのせる。朝堂院を模した社殿の外周を整える建築である。
昭和3年、昭和天皇の御大典を記念して建てられた平安神宮大鳥居。鉄筋コンクリート造で高さ約24メートル、幅18メートル、建立当時は国内最大を誇った。太い柱が特徴の明神鳥居で、洛東岡崎のランドマークとなっている。
平安神宮の南内庭西側に建つ額殿は、昭和15年造営の登録有形文化財。規模・構造は神楽殿に等しいが内部は四半敷の総土間とする。三面に板唐戸と蔀戸を立て、朝堂院の朝集堂を模した境内景観の要をなす。
平安神宮の南内庭東側に建つ神楽殿は、昭和15年造営の登録有形文化財。基壇上に桁行八間・梁間四間の丸柱を建て、三方一間を吹き放つ。入母屋造・本瓦葺で、神楽の奉奏や結婚式の場として親しまれている。
平安神宮の東外廻廊外側に建つ斎館は、昭和15年造営の登録有形文化財。廻廊内の丹塗建築とは趣を異にし、折上小組格天井の旧供進使室や唐破風造の玄関を備える。内外ともに質の高い近代和風建築の好例である。
平安神宮の神門・応天門の両脇から東西に延びる神門翼廊は、昭和15年造営の登録有形文化財。梁間二間・桁行四間の南北棟につながり、外側は畳敷きの室とする。木部を丹塗とし本瓦葺で、境内正面の景観を形づくる。
平安神宮の本殿背後を区切る透塀及び後門は、昭和15年造営の登録有形文化財。設計は内務省神社局の角南隆・谷重雄。一間棟門の後門を中心に左右へ透塀を延ばし、折曲り延長は約90メートルに及ぶ。
平安神宮の西祭器庫は、昭和15年造営の登録有形文化財。東祭器庫に倣った土蔵造二階建で、ほぼ同じ規模・形式をもつ。軒を漆喰で塗り上げ、腰部には海鼠壁風の目地を切るなど、細部に特徴をもつ祭器庫である。
平安神宮の西神庫は、昭和15年造営の登録有形文化財。本殿背後、透塀内の西北隅に位置し、東神庫と形式・規模・意匠ともに厳密な対称をなす。正面に両開き板扉を設け、一軒疎垂木とする、小規模ながら校倉建築の好例である。