京都府の重 要 文 化 財
Important Cultural Property of 京都府京都府に所在する重要文化財。
法界寺本堂(薬師堂)は京都市伏見区日野西大道町の法界寺にある本堂で、重要文化財。棟木に康正2年(1456年)の銘をもつ寄棟造・本瓦葺の堂で、明治37年に奈良県竜田の伝燈寺本堂を移したもの。外陣から参拝できる。
法観寺五重塔(八坂塔)は京都市東山区八坂上町の法観寺にある永享12年(1440年)の五重塔で、重要文化財。三間五重・本瓦葺の塔で、明治30年に旧法で指定された。八坂通から望む姿は京都の景観を代表する眺めとされる。
京都府大山崎町の天王山中腹に立つ寶積寺三重塔。慶長9年(1604年)の建立で、相輪頂までの総高は約20メートル。秀吉が戦勝を機に一夜で建てたと伝わる「一夜の塔」として親しまれてきた、桃山時代の重要文化財です。
京都府京田辺市の法泉寺に立つ石造十三重塔。基礎に弘安元年(1278年)の銘があり、宋から渡来した石工・伊行末の系統の工人が手がけた。初重の四面には四方仏を半肉彫し、高さは約六メートル。国の重要文化財。
寶塔寺四脚門(総門)は京都府京都市伏見区深草宝塔寺山町の寶塔寺にある室町時代中期の門で、重要文化財。日像の廟所として崇敬を集める日蓮宗の寺の総門で、切妻造・本瓦葺の四脚門である。明治39年(1906年)に多宝塔とともに旧法で指定された。
寶塔寺塔婆(多宝塔)は京都府京都市伏見区深草宝塔寺山町の寶塔寺にある永享10年(1438年)の多宝塔で、重要文化財。日像の廟所として崇敬を集める日蓮宗の寺に建つ三間多宝塔・本瓦葺の塔で、明治39年(1906年)に旧法で指定された。
寶塔寺本堂は京都府京都市伏見区深草宝塔寺山町の寶塔寺にある慶長13年(1608年)の本堂で、重要文化財。日像の廟所として崇敬を集める日蓮宗の寺の桁行七間・梁間七間の入母屋造の大堂で、吹放しの外陣と高い内部の柱に近世の特色がみられる。
本願寺は、京都市下京区の西本願寺の堀川通に面した表構えの建物群で、重要文化財に指定されている。御影堂門、阿弥陀堂門、有田焼の瓦を張る経蔵、手水所、鼓楼などからなり、近世京都の都市景観を伝える。
京都・西本願寺にある本願寺玄関、浪之間、虎之間、太鼓之間は、江戸時代前期の建物で明治37年(1904年)に重要文化財に指定。玄関と三つの部屋をまとめて1棟として指定し、入母屋造・檜皮葺の屋根をかけている。
京都・西本願寺の本願寺能舞台(附橋掛)は、書院の南側に建つ桃山時代の能舞台で明治43年(1910年)に重要文化財に指定。対面所を見所とする切妻造・檜皮葺の舞台で、毎年5月21日の降誕会に祝賀能が舞われる。
京丹後市久美浜町の本願寺本堂は、鎌倉時代後期とみられる浄土宗寺院の本堂で、明治37年(1904年)に重要文化財に指定。丹後で唯一の中世仏堂とされ、ゆるやかな檜皮葺屋根は令和5年度から45年ぶりの全面葺替が進められた。
京都・西本願寺にある本願寺浴室(黄鶴台)附廻廊は、桃山時代の浴室で明治41年(1908年)に重要文化財に指定。飛雲閣から西へ延びる廊下で結ばれ、唐破風の蒸風呂と鉄釜を備え、窓や板戸で室内の温度を調えた。
京都府城陽市の鴻ノ巣山麓に建つ水度神社本殿は、棟札により文安5年(1448年)の建立とわかる市内最古の建造物。一間社流造に千鳥破風を付し、向拝の蟇股には笹竜胆の透かし彫りが施される。1906年指定の重要文化財。
京都・壬生寺の大念仏堂は安政3年(1856)に再建された二階建て。二階の舞台には、鬼が消える「飛び込み」や綱わたりの「獣台」など他に例のない仕掛けが組み込まれ、無言・仮面の壬生狂言が演じられる重要文化財です。
京都府宮津市の宮津洗者聖若翰天主堂は、フランス人神父ルラーブが設計し地元大工が建てた明治29年の木造教会。畳敷きの床と横引きの窓、薔薇窓やヴォールト天井が同居する和洋折衷で、2024年に重要文化財に指定された。
京都市東山区の妙法院にある元和5年(1619年)の書院。後水尾天皇の中宮東福門院の御所の旧殿を賜ったと伝わり、壁や襖を狩野派の絵が飾る。桁行5間・梁間6間の入母屋造こけら葺。通常非公開で特別拝観時に公開。
京都市東山区の妙法院にある元和5年(1619年)の玄関。大書院と同じ年に建てられた門跡寺院の接客の入口で、桁行7間・梁間4間の入母屋造こけら葺。狩野派の障壁画で飾られる。通常非公開で特別拝観時に公開。
京都府向日市の向日神社本殿。応永25年に事始めを行い、応永29年(1422年)に上棟した三間社流造で、屋根は檜皮葺とする。明治35年(1902年)に国の指定を受けた重要文化財で、天保13年の覆屋に納まる。
京都府舞鶴市小倉にある庄屋の住宅。文政8年(1825年)の入母屋造の主屋は丹後地方の江戸後期の民家として質がよく、平面の発展を知る上で貴重。土で塗った垂木や曲がり材の梁組、竹すのこ天井が見どころである。
養源院は文禄3年に淀殿が父浅井長政のために創建し、お江が元和7年に伏見城の遺構で再興したと伝わる寺院である。客殿・護摩堂・鐘楼堂・中門が平成28年に重要文化財となり、客殿には血天井と俵屋宗達の杉戸絵が残る。