京都府の国 宝
National Treasures of 京都府京都府に所在する国宝。
東寺に伝わる国宝・絹本著色十二天像は、十二の守護神を六曲屏風一双に各扇一尊ずつ描く。建久2年(1191)の作で、宋画様式を取り入れた絵仏師・宅間勝賀の筆と伝わり、密教の灌頂で道場を囲うために用いられた仏画である。
京都・東寺(教王護国寺)が所蔵する国宝「絹本著色眞言七祖像」の魅力を紹介。唐の宮廷画家・李真が描き、空海が日本に持ち帰った真言密教の七祖師の肖像画7幅は、現存する世界最古級の唐代高僧肖像画として極めて貴重です。
京都・高雄の神護寺が蔵する国宝の六曲屏風。真言宗の灌頂の秘儀に用いられた調度で、風景も建物も人物もすべて大和絵で描かれている。平安以来の伝統を継ぐ、現存最古のやまと絵屏風として尊ばれてきた一隻である。
大徳寺の開祖・宗峰妙超(大燈国師)を描いた国宝の頂相。建武元年(1334年)の自賛をもち、後世の諸本のよりどころとなった根本像。常設公開はなく、毎年10月の曝凉や2026年の東京国立博物館特別展で公開される。
神護寺が所有する国宝「伝平重盛像」。束帯姿を一枚絹にほぼ等身大で描いた鎌倉前期の肖像で、像主が平重盛か足利尊氏かをめぐる論争が続く。現在は京都国立博物館に寄託され、例年五月初旬の曝涼で里帰り公開される。
京都・神護寺が所蔵する神護寺三像の一幅。通説では平安末の公卿藤原光能の肖像とされるが、近年は室町2代将軍の足利義詮像とする新説が有力で、像主も制作年代もなお論争が続く国宝肖像画である。東京国立博物館に寄託。
京都・青蓮院門跡が所蔵する国宝「絹本著色不動明王二童子像」通称・青不動の歴史・見どころ・拝観情報を詳しく紹介。日本三不動画のひとつに数えられる平安時代の仏教絵画の至宝をご案内します。
京都・神護寺所蔵の国宝「絹本著色伝源頼朝像」の魅力を徹底解説。鎌倉時代の写実的肖像画の傑作として名高い本作の歴史的価値、像主論争、鑑賞機会、周辺情報をご紹介します。
醍醐寺報恩院旧蔵の国宝「絹本著色文殊渡海図」は、五髻の童子形文殊菩薩が獅子に乗り、優填王・仏陀波利・善財童子・最勝老人の四眷属とともに雲海を渡る姿を描いた鎌倉時代の名品です。
京都・禅林寺(永観堂)が所有する国宝の仏画。山の彼方から巨大な阿弥陀如来が上半身を現し、手に結んだ五色の糸の先を臨終の人に握らせて極楽へ導いたとされる。鎌倉仏画の高みを示し、来迎信仰の実態を今に残す貴重な一幅である。
京都・東寺が所蔵する国宝の両界曼荼羅図。大日如来を中心に据えた絹本著色の二幅で、彩色作例としては日本最古とされる。古い箱には899年の銘が残り、制作年代には諸説ある。常時非公開で特別展などでまれに公開される。
京都・大徳寺の塔頭 高桐院に伝わる国宝「絹本墨画山水図」は、中国南宋時代の大家・李唐の筆による水墨山水画の傑作です。細川忠興ゆかりの名刹に受け継がれた至宝の芸術的価値、見どころ、鑑賞の機会、アクセス情報を詳しくご紹介します。
京都・大徳寺が所蔵する国宝「絹本墨画淡彩猿鶴図〈牧谿筆〉」。南宋の画僧・牧谿による三幅対の水墨画で、通称「観音猿鶴図」。足利将軍家の東山御物として伝来し、日本水墨画の原点となった至宝。2026年秋には東京国立博物館の特別展で公開予定。由来・見どころ・鑑賞機会をわかりやすく解説します。
京都・大徳寺に伝わる国宝「絹本墨画淡彩観音図〈牧谿筆〉」は、南宋末の画僧・牧谿が13世紀に絹本に墨と淡彩で描いた白衣観音像です。足利義満の鑑蔵印「道有」を帯び、東山御物を経て大徳寺に伝わった名品で、「観音猿鶴図」三幅対の中幅として日本水墨画の規範となりました。制作背景、美術史的価値、見どころ、大徳寺拝観とアクセス情報、Q&Aまで総合的に解説します。
京都・大覚寺に所蔵される国宝「後宇多天皇宸翰御手印遺告」は、鎌倉時代の第91代天皇が自ら筆を執り、朱の手形を押して大覚寺の護持と真言密教の興隆を願った遺告です。宸翰様の名品として書道史上の価値も高く、天皇の生涯や大覚寺の歴史とともにその魅力をご紹介します。
正和4年(1315年)、真言密教に深く帰依した後宇多天皇が弘法大師空海への敬慕を込めて絹に自ら記した伝記。京都嵯峨野・大覚寺に伝わる国宝書跡の魅力と見どころをご紹介します。
後宇多天皇が東寺の興隆を願い自ら筆をとった国宝の宸翰「東寺興隆条々事書御添状」。鎌倉時代の名君が真言密教に捧げた深い帰依と、世界遺産・東寺の見どころ、拝観情報をご紹介します。
退位し出家した後宇多法皇が、醍醐寺報恩院の阿闍梨憲淳に三宝院流の相承を請うた自筆書状三通。小野流と広沢流を一つに束ねる法流一揆の大願をこめ、嘆願から誓約へと移る肉声が綴られた、鎌倉時代の国宝の宸翰である。
京都・仁和寺が所蔵する国宝「黄帝内経太素」は、隋代の楊上善による注釈書の世界最古の写本です。中国では南宋以降に散逸したこの貴重な医学文献が、なぜ日本に残されたのか。その歴史と価値、拝観情報をご紹介します。
京都・仁和寺が所蔵する国宝『黄帝内経明堂 巻第一』は、唐の楊上善が編んだ中国医学書の貴重な写本である。本国ではほぼ失われた明堂の本文と注を、永仁4年(1296年)と永徳3年(1383年)書写の2巻が今に残す。