京都府の国 宝
National Treasures of 京都府京都府に所在する国宝。
京都・大徳寺が所蔵する国宝「絹本墨画淡彩猿鶴図〈牧谿筆〉」。南宋の画僧・牧谿による三幅対の水墨画で、通称「観音猿鶴図」。足利将軍家の東山御物として伝来し、日本水墨画の原点となった至宝。2026年秋には東京国立博物館の特別展で公開予定。由来・見どころ・鑑賞機会をわかりやすく解説します。
京都・大徳寺に伝わる国宝「絹本墨画淡彩観音図〈牧谿筆〉」は、南宋末の画僧・牧谿が13世紀に絹本に墨と淡彩で描いた白衣観音像です。足利義満の鑑蔵印「道有」を帯び、東山御物を経て大徳寺に伝わった名品で、「観音猿鶴図」三幅対の中幅として日本水墨画の規範となりました。制作背景、美術史的価値、見どころ、大徳寺拝観とアクセス情報、Q&Aまで総合的に解説します。
京都・大覚寺に所蔵される国宝「後宇多天皇宸翰御手印遺告」は、鎌倉時代の第91代天皇が自ら筆を執り、朱の手形を押して大覚寺の護持と真言密教の興隆を願った遺告です。宸翰様の名品として書道史上の価値も高く、天皇の生涯や大覚寺の歴史とともにその魅力をご紹介します。
正和4年(1315年)、真言密教に深く帰依した後宇多天皇が弘法大師空海への敬慕を込めて絹に自ら記した伝記。京都嵯峨野・大覚寺に伝わる国宝書跡の魅力と見どころをご紹介します。
後宇多天皇が東寺の興隆を願い自ら筆をとった国宝の宸翰「東寺興隆条々事書御添状」。鎌倉時代の名君が真言密教に捧げた深い帰依と、世界遺産・東寺の見どころ、拝観情報をご紹介します。
退位し出家した後宇多法皇が、醍醐寺報恩院の阿闍梨憲淳に三宝院流の相承を請うた自筆書状三通。小野流と広沢流を一つに束ねる法流一揆の大願をこめ、嘆願から誓約へと移る肉声が綴られた、鎌倉時代の国宝の宸翰である。
京都・仁和寺が所蔵する国宝「黄帝内経太素」は、隋代の楊上善による注釈書の世界最古の写本です。中国では南宋以降に散逸したこの貴重な医学文献が、なぜ日本に残されたのか。その歴史と価値、拝観情報をご紹介します。
京都・仁和寺が所蔵する国宝『黄帝内経明堂 巻第一』は、唐の楊上善が編んだ中国医学書の貴重な写本である。本国ではほぼ失われた明堂の本文と注を、永仁4年(1296年)と永徳3年(1383年)書写の2巻が今に残す。
京都・東寺が所蔵する国宝。真言宗の開祖・空海が806年に唐から持ち帰った経典461巻や法具などを記した請来目録を、天台宗の開祖・最澄が自らの筆で書き写した一巻。長く延暦寺に伝わり、平安仏教を築いた二人の関係を今に残す古文書である。
京都・東寺が所蔵する国宝「風信帖」は、空海が最澄に宛てた三通の手紙を一巻に継いだ書状。八一〇年ごろの自筆で、王羲之と顔真卿に学んだその書は現存する空海の最高傑作とされ、宝物館の春秋の特別展でのみ公開される。
貞観15年(873年)に編纂された広隆寺縁起資財帳は、京都最古の寺院・広隆寺の仏像・経典・土地・装束などを克明に記録した国宝の古文書です。6章にわたる体系的な構成と、他の寺院では見られない儀式用衣装の記述が学術的に高く評価されています。宝冠弥勒(国宝第一号)をはじめとする名宝の来歴を裏付ける貴重な史料の魅力と、広隆寺の見どころをご紹介します。
京都・太秦の広隆寺に伝わる国宝「広隆寺資財交替実録帳」は、寛平2年(890年)頃に編まれた一巻の古文書です。貞観15年(873年)の『広隆寺縁起資財帳』と対をなし、堂塔・仏像・寺領などの異動を点検記録しています。9世紀末の寺院の姿を具体的に伝える、古代寺院研究の基幹史料です。
古今和歌集〈藤原定家筆〉は、冷泉家時雨亭文庫が所有する、藤原定家が嘉禄2年に書写した古今和歌集で、昭和58年に国宝に指定された。中世以降の古今集研究に大きな影響を与えた「嘉禄本古今集」の原本である。
京都・曼殊院に伝わる国宝「古今和歌集(曼殊院本)」は、色変わりの染紙に優美な仮名で書写された平安時代11世紀の巻子本です。藤原行成の筆と伝えられる流麗な書風と、藍・薄藍・薄赤の料紙が織りなす美の世界をご紹介します。
後嵯峨天皇宸翰御消息は、1246年に天皇が仁和寺の道深法親王へ送った礼状で、後嵯峨天皇の真筆と確証できる唯一の遺墨です。京都国立博物館に寄託され、特別展や仁和寺霊宝館で折々に公開される鎌倉時代の国宝です。
藤原定家が天福二年(一二三四)、七十三歳で書写した『後撰和歌集』全二十巻。いわゆる天福本後撰集の原本で、定家自筆の和歌追記や校合の書き込みが随所に残る。冷泉家に八百年受け継がれてきた国宝の一帖である。
京都・大徳寺が所蔵する国宝の古文書。元弘3年(1333年)、隠岐を脱した後醍醐天皇が建武の新政を始めた直後に自ら記し、開山宗峰妙超の門流だけが住持を継ぐ「一流相承」を認めた置文。堂々とした宸翰様の筆跡でも名高い一幅。
京都・醍醐寺が所蔵する国宝。延元四年(一三三九)、崩御二か月前の後醍醐天皇が自ら書写し、護持僧の文観が蠟牋に金泥装飾と奥書を加えた真言宗の印信。和様に禅林墨跡を交えた宸翰様の代表作として名高い一巻である。
藤原道長の曾孫にあたる関白藤原師通が、十七年にわたり宮廷の儀式や日々を綴った日記。死の十一日前まで及ぶ自筆本一巻と、孫の頼長に書写させた平安期の古写本二十九巻が、京都の陽明文庫に伝わる国宝で、永長地震の津波被害も記す。
京都・冷泉家に伝わる藤原俊成自筆の『古来風躰抄』初撰本。建久八年(一一九七)、八十四歳の俊成が式子内親王の求めに応じて記した歌論書で、和歌の風躰を実例から説き、本文の最古の姿をとどめる国宝二帖である。