京都府の国 宝
National Treasures of 京都府京都府に所在する国宝。
京都府宇治市の平等院鳳凰堂は天喜元年(1053年)建立の阿弥陀堂。裳階付の中堂と床のない両翼廊、背後の尾廊の4棟が左右対称に並び、阿字池に面して浄土の宮殿を地上に写す。昭和26年(1951年)に国宝に指定された。
京都市左京区の賀茂御祖神社は下鴨神社の名で知られる。文久3年(1863年)造替の東西本殿2棟が国宝、寛永6年(1629年)造営の楼門・舞殿・摂社社殿など31棟が重要文化財で、計33棟が一件として指定されている。
京都市左京区の慈照寺にある長享3年(1489年)上棟の楼閣建築で、本来の名は観音殿。一階を書院造の要素の濃い住宅風、二階を禅宗様の仏殿風とし、金閣とならぶ楼閣建築の双璧とされる。昭和26年に国宝へ指定された。
京都市伏見区の醍醐寺にある仏堂で、桁行7間、梁間5間。慶長3年に紀州湯浅から移建が始まり同5年に完了した。建立年は不明だが主要部は平安後期の様式で、同時代の遺構では最大規模とされる。昭和29年に国宝へ指定された。
京都市中京区の二条城は慶長8年(1603年)に徳川家康が入城し、寛永3年(1626年)に大改修された城郭。書院造の典型とされる二の丸御殿6棟が国宝、門・櫓・本丸御殿など22棟が重要文化財で、国内の城郭に残る唯一の御殿群である。
京都府の鞍馬寺にある経塚から出土した一括の遺物。石・銅・鉄の宝塔や7種の経筒など20を超える品目を含み、銘から埋納が1120年から1260年の140年にわたることが分かる。昭和30年に国宝へ指定された。
奈良県香芝市穴虫から出土した金銅製の骨蔵器で、京都国立博物館が保管する。高さ24.2センチメートル、蓋と身が半球形に分かれる球形で、蓋裏に391字の銘をもつ。昭和30年(1955年)に国宝へ指定された。
京都府にある中国の書跡で、員数は1帖。千字文を真書と草書の2体で並べて書く。智永の筆とされるが、文化庁は作者欄を空欄とし、時代を唐とする。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された書跡・典籍にあたる。
1160年の歴史を持つ国宝・石清水八幡宮。珍しい八幡造建築、皇室との深い繋がり、そしてエジソンの電球との驚きの関係。京都から30分、混雑知らずの聖地を訪ねて。
京都市上京区にある神社で、本殿と拝殿を石の間がつなぎ、拝殿の両側に楽の間が接続する。石の間は床が一段低く、化粧屋根裏とする。慶長12年(1607年)の造営で、昭和34年(1959年)に国宝へ指定された。
京都府綾部市の君尾山にある鎌倉時代の二重門で、三間一戸、屋根は栗のとち葺きである。度重なる兵火を免れ、1950年の解体修理で見つかった銘文が建立年を定めた。昭和29年(1954年)に国宝へ指定された。
700年の歴史を誇る京都・大徳寺。国宝建築と革新的な枯山水庭園、日本茶道発祥の地として知られる禅寺複合体。侘び寂びの美学を生み出した文化の聖地で、観光を超えた本物の文化体験を。
京都市東山区の東福寺にある5間3戸の2階2重門で、両山廊付、入母屋造の本瓦葺である。禅宗寺院でありながら構造は大仏様であり、木割が太く雄大な感がある。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された1棟である。
京都市左京区の南禅寺にある建物で、大方丈と小方丈が接続して1棟をなす。構造欄には内陣や鳴滝の間、鶴の間など部屋の名が並び、畳数で呼ばれる部屋も混じっている。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
京都市右京区の仁和寺にある仏堂で、桁行7間、梁間5間、向拝1間。御所の紫宸殿を寛永20年(1643年)に移建したもので、文化庁は近世における唯一の遺構とする。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
京都市伏見区の法界寺にある鎌倉時代前期の仏堂で、桁行5間、梁間5間、裳階付の方形平面である。内陣は方1間で、柱や天井や小壁にも天人ほかの文様が描かれる。昭和26年(1951年)に国宝へ指定された1棟。
京都市東山区の豊国神社にある桃山時代の四脚門で、前後が唐破風、側面が入母屋造、檜皮葺である。伏見城の遺構と伝え、二条城と金地院を経て明治に現在地へ移された。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された。
京都市下京区の本願寺にある三重こけら葺の楼閣で、南面と北面が25.8メートル、東面が11.8メートル、西面が12.5メートル。東西で長さが違っている。昭和26年(1951年)に国宝へ指定された1棟である。
京都府宇治市にある黄檗宗の大本山で、伽藍の配置と様式が中国の明末清初の影響を受けている。大雄宝殿ほか17棟に、さらに3棟を加えている。大正2年に重要文化財、令和6年(2024年)に国宝の指定を受けた。
京都市東山区の祇園にある社殿で、桁行7間、梁間6間、入母屋造、背面3間突出、檜皮葺である。内々陣から礼堂まで四つの区画が一つの大屋根に収まっている。令和2年(2020年)に国宝へ指定された1棟である。