京都府・江戸
Edo京都府 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
佐藤家住宅東米蔵は長岡京市長法寺の旧庄屋の屋敷にある江戸末期の米蔵。西米蔵の東に接して建つ土蔵造平屋建で、棟を段違いに連ね、正面に深い庇を掛ける。建築面積15平方メートルで、南面中央に入口を開く。一般非公開。
京都・天龍寺の参道に面して立つ塔頭慈済院の表門。江戸時代前期の一間薬医門で、冠木を男梁と女梁で挟み、板蟇股で棟木を受ける。天龍寺最古級の表門として2016年に登録有形文化財となった。見どころと見学の方法を紹介する。
天龍寺の塔頭慈済院の庫裏は寛政11年(1799年)の建立。切妻造妻入の正面に蟇股と虹梁大瓶束、海老虹梁を組み、東半の土間では太い大黒柱を中心に豪壮な梁組が現れる。平成28年(2016年)に登録有形文化財となった。
天龍寺の塔頭慈済院で本堂と庫裏を結ぶ江戸後期の玄関廊。東半に入母屋造の式台玄関を構え、西半の10畳では虹梁を三筋架けて板蟇股で化粧屋根裏を支える。大廊下形式の名残として2016年に登録有形文化財となった。
天龍寺の塔頭慈済院の書院は、天龍寺で近世にさかのぼる唯一の書院遺構。八畳二室に広縁を取り込んだ座敷で、北東に床を設け、面皮柱など数寄屋の意匠を取り入れる。平成28年(2016年)に登録有形文化財となった。
天龍寺の塔頭慈済院の本堂は、文化13年(1816年)建立の六間取の方丈。室中を含む前三室を竹の節の境と一続きの棹縁天井でまとめ、四面に広縁を廻らす。造形の規範として2016年に登録有形文化財となった。
京都市伏見区醍醐の下村家住宅戌亥蔵は、敷地北西角に建ち渡廊下で主屋とつながる江戸後期の土蔵。桁行5.9メートル、登り梁の小屋組に置屋根式の桟瓦葺、漆喰壁に腰高の竪板張。2011年に登録有形文化財となった。
京都市伏見区醍醐の下村家住宅主屋は、醍醐道に北面して建つ江戸後期の農家。入母屋造茅葺の大屋根の西に桟瓦葺の座敷2室を落棟で張り出し、内部はもと土間と二列五室の構成。2011年に登録有形文化財となった。
京都市伏見区醍醐の下村家住宅辰巳蔵は、敷地南東角に建つ幕末のもと米蔵。桁行が北側4.7メートル、南側4メートルの台形平面で、和小屋に切妻造本瓦葺、鉢巻まで竪板張とする。2011年に登録有形文化財となった。
京都市伏見区醍醐の下村家住宅離れは、主屋の西に接続する幕末の二階建て離れ座敷。1階は庭に縁を開いた六畳と三畳台目の茶室、2階は三面に窓を開く六畳1室で、2011年に登録有形文化財となった。内部は非公開。
京都市北区の上善寺山門は境内南端に南面する江戸後期の一間薬医門。間口3.6m、切妻造本瓦葺で、五平の本柱に冠木を渡して梁を4本架け、蟇股・女梁・蓑束・拳鼻で飾る。2017年に登録有形文化財に登録。正面は通りから見られる。
京都市北区の上善寺書院は江戸後期の書院で、本堂の北東に渡り廊下で接続する。寄棟造桟瓦葺、平面は六間取の方丈形式で、中列奥を格天井の内陣、上手の西列奥に座敷飾を備え、各室に長押と筬欄間を入れる。2017年登録、内部は非公開。
京都市北区の上善寺本堂は文化9年(1812年)建立の浄土宗本堂。桁行5間・梁間6間、入母屋造本瓦葺に三間向拝を付け、内陣・脇陣・外陣の標準平面をもつ。2017年に登録有形文化財に登録。堂内は非公開で外観を拝観できる。
神光院客殿は京都府京都市北区西賀茂神光院町の神光院の本堂の東に建つ文政9年(1826年)の客殿で、登録有形文化財。南面中央に式台玄関を突き出し、3行3列の9室のまわりに縁を廻らせ、最奥に床と棚を備えた上段を設ける上質な接客施設。
神光院山門は京都府京都市北区西賀茂神光院町の神光院の境内南辺の中央に建つ江戸時代後期の一間薬医門で、登録有形文化財。切妻造・本瓦葺で、五平の太い本柱に厚めの冠木を渡し、破風の拝みに梅鉢懸魚を飾る。質実ながら風格のある正門。
神光院本堂は京都府京都市北区西賀茂神光院町の神光院の境内中ほどに南面して建つ文政12年(1829年)の本堂で、登録有形文化財。入母屋造・銅板葺で、正面の全面に半蔀を立て、桁行いっぱいの仏壇をつくる。江戸後期の中規模の本堂の好例。
神光院蓮月庵は京都府京都市北区西賀茂神光院町の神光院の山門の脇に建つ江戸時代末期の小庵で、登録有形文化財。尼僧で歌人・陶芸家の大田垣蓮月の寓居で、不動明王を祀る3畳の間を設け、煤竹の天井や円窓など数寄屋の意匠を加える。
京都市上京区の尼門跡寺院、大聖寺の表門。江戸後期の建物で大正11年に移築された、間口3.5メートルの大型の薬医門。切妻造・本瓦葺で、妻に蟇股を飾り、尼門跡筆頭格の寺格にふさわしい堂々とした構えを見せる。
京都市上京区の尼門跡寺院、大聖寺の南面築地。江戸後期の本瓦葺の築地塀で、表門から西へ総延長66メートル延び、小路側に白線5本を入れる。西寄りに不浄の門を開け、重厚な構えで近世の尼門跡の風格を示している。
京都市上京区の尼門跡寺院、大聖寺の宮御殿。江戸後期の建物で文政8年ごろに改修された。入母屋造の西棟に田の字型の4室、切妻造の東棟に数寄屋風の8室を配し、近世の尼門跡寺院の御殿の形態をよく今に伝えている。