京都府・大正
Taishō京都府 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大正10年竣工、逓信省技師・岩元禄が設計した京都市内3番目の電話分局。ドイツ表現主義と同質の独創的な外観意匠を持ち、29歳で夭折した天才建築家の唯一の現存作品として重要文化財に指定されています。現在は西陣産業創造會館として活用されています。
京都大学所有の重要文化財・清風荘を徹底紹介。二代八木甚兵衛による数寄屋建築の傑作と七代小川治兵衛作庭の名勝庭園、西園寺公望ゆかりの歴史をご案内します。
実業家・加賀正太郎が大正から昭和にかけ自ら設計した英国チューダー様式の山荘。ハーフティンバーの外観とジャコビアン様式の室内をもち、現在はモネ《睡蓮》や民藝コレクションを展示する美術館本館として公開されている。
網野神社の登録8棟で最大の拝殿。大正11年建立の建物が昭和2年の北丹後地震で倒壊し、昭和4年に岸熊吉の設計で再建された。正面に千鳥破風と唐破風を重ね、内部は折上小組格天井とする堂々たる社殿。
日本海に近い京丹後市網野町、網野神社の境内中央に建つ本殿。大正11年、古建築に精通した奈良県技師の岸熊吉が設計し、二重基壇上に一間社流造を据える。蟇股や木鼻の彫刻にその素養がうかがえる。
京都市伏見区淀新町に建つ新居家住宅主屋は、大正15年(1926)竣工の登録有形文化財。スパニッシュ瓦を葺いた洋間と数寄屋風の和室を巧みに併せ持ち、戦前の郊外住宅文化の洗練を今に伝える木造2階建ての佳品です。
今宮神社の南正面に建つ楼門は、大正15年の建立である。三間一戸、入母屋造銅板葺の二階建で、下層に三手先の腰組と華麗な蟇股、上層に尾垂木付三手先を組む。近代社寺建築の特徴を備えた登録有形文化財。
今宮神社楼門の西に、やや間をあけて建つ廻廊である。桁行三間、切妻造本瓦葺で、連子窓や板唐戸を備える。隅柱を延ばし、軒や妻の破風に強い反りをもたせるなど、中世以前の意匠を援用した大正15年の登録有形文化財。
今宮神社楼門の東に、やや間をあけて建つ廻廊である。桁行三間、切妻造本瓦葺で、妻飾は虹梁上に蟇股・大斗・出三斗を組む。細部彫刻に中世以前の意匠を援用した、大正15年建立の良質な登録有形文化財。
京都・祇園の四条通沿いに建つ「エンマ(旧村井銀行祇園支店)」は、たばこ王・村井吉兵衛のお抱え建築家であった吉武長一の設計による、大正13年(1924年)築の鉄筋コンクリート造2階建の銀行建築です。アメリカ仕込みの古典主義様式を残し、パラペットのバラストレードなど細部もよく保存された国登録有形文化財で、八坂神社や花見小路にもほど近い祇園散策の途中で出会える隠れた名建築です。
京都市左京区聖護院に佇む洋画家・川端彌之助の住宅兼アトリエ。1925年築の木造2階建で、北面大窓の吹き抜けアトリエや赤い洋瓦が特徴。フランス留学から帰国した画家の創作と暮らしを今に伝える戦前のアトリエ付住宅の好例として、2021年に国の登録有形文化財に登録されました。
大正4年築、旧片岡家住宅の外周を画す木造の高塀。京街道に沿って延び、中央に格子戸の出入口、北端には地蔵堂を埋め込む。土木ではなく建築として設計された、城下町の通り景観を支える一棟。
大正4年、呉服商から銀行家となった片岡家が来客のために建てた書院造の座敷。式台玄関を構え、一流の工芸家の建具や希少な霧島杉の天井で仕上げる。現在は鴨料理店として内部を見学できる。
大正4年築、旧片岡家住宅の西土蔵。由良川の水害に備えて敷地を約一メートル嵩上げし、通常は二階建の土蔵を三階建とする。二階建離座敷と廊下でつながり、接客の什器を納めたと伝わる一棟。
大正4年築、昭和9年に現在地へ移築された旧片岡家住宅の南土蔵。東面を主屋脇の高塀の意匠に合わせて仕立て、街道側の町並みに統一感を与える。面ごとに表情を変える、二つの顔をもつ一棟である。
1925年、京都大学創立25周年を記念して建設された楽友会館は、日本初の近代建築運動「分離派建築会」の創設メンバー・森田慶一が設計したスパニッシュ・ミッション様式の洋館です。Y字型柱のポーチや森谷延雄による室内装飾など、大正建築の粋を今に伝える国登録有形文化財。
京都・室町通の呉服商街に建つ熊谷家住宅主屋は、大正13年頃に建てられた木造2階建の町家です。道路から塀で隔てられた大塀造とし、座敷とダイドコを東西の廊下で分け、正面に洋間を設けた和洋折衷の意匠が、2016年に登録有形文化財となりました。
真宗興正派本山・興正寺の御影堂。明治35年の大火後、宗祖親鸞650回大遠忌に合わせ明治44年に再建された。約1,123㎡の大規模仏殿で内陣は金箔押、令和7年に登録有形文化財となった。
境内南東に建つ安永3年(1774)建立の鐘楼。皇太后恭礼門院が梵鐘とともに寄進したと伝わり、明治35年の大火を免れた境内最古の建物。禅宗様と和様の折衷が見どころで、令和7年に登録有形文化財となった。
御影堂の北東に建つ大正前期の手水屋形。四方転びの柱に三斗を組み、中備には龍の蟇股、内部は石敷床に格天井とする。小規模ながら良質なつくりで、令和7年に登録有形文化財となった興正寺の一棟。