京都府・平安
Heian京都府 の平安時代(794 – 1185)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都府宇治市の平等院鳳凰堂は天喜元年(1053年)建立の阿弥陀堂。裳階付の中堂と床のない両翼廊、背後の尾廊の4棟が左右対称に並び、阿字池に面して浄土の宮殿を地上に写す。昭和26年(1951年)に国宝に指定された。
京都市伏見区の醍醐寺にある仏堂で、桁行7間、梁間5間。慶長3年に紀州湯浅から移建が始まり同5年に完了した。建立年は不明だが主要部は平安後期の様式で、同時代の遺構では最大規模とされる。昭和29年に国宝へ指定された。
京都府の鞍馬寺にある経塚から出土した一括の遺物。石・銅・鉄の宝塔や7種の経筒など20を超える品目を含み、銘から埋納が1120年から1260年の140年にわたることが分かる。昭和30年に国宝へ指定された。
京都府にある中国の書跡で、員数は1帖。千字文を真書と草書の2体で並べて書く。智永の筆とされるが、文化庁は作者欄を空欄とし、時代を唐とする。昭和28年(1953年)に国宝へ指定された書跡・典籍にあたる。
京都市右京区嵯峨の清凉寺が所有する16幅の仏画で、文化庁は国の欄を宋、時代を北宋としている。日本で作られたものではない。重要文化財を経ることなく、昭和30年(1955年)に国宝へ指定されたものである。
京都府舞鶴市の松尾寺が所有する平安時代の仏画1幅である。文化庁の解説は「平安時代の作品。」の一文のみで、寸法も画面の構成も記されていない。重要文化財を経ず、昭和27年(1952年)に国宝へ指定された。
京都市東山区の東福寺が所有する南宋時代の絵画1幅で、南宋の高僧である無準師範の全身を描いている。同名のもう一幅と同じ木箱に納められて伝来したものである。昭和27年(1952年)に国宝へ指定されている。
京都市左京区の曼殊院が所有する平安時代の仏画1幅である。同名の作品が山梨県指定と津市指定にもあり、そちらの記録には寸法や装丁まで記される。重要文化財を経ず、昭和29年(1954年)に国宝へ指定された。
京都市伏見区の醍醐寺にある平安時代の壁画18面で、天暦5年(951年)に五重塔の竣工と同時に成ったもの。心柱覆板や四天柱、連子窓、腰羽目板にも描かれている。昭和51年(1976年)に国宝へ指定された。
京都市左京区の京都大学が所有する写本9冊で、作品の書名はこの一本によってのみ確定できるとされる。書写奥書はなく、鎌倉時代中期の写しと認められている。平成8年(1996年)に国宝へ指定された9冊である。
平等院が所有する平安時代の金工品1対で、もとは鳳凰堂の大棟の南北両端に据えられていたものである。修理保存のために取りはずされて工芸品の区分へ移り、昭和48年(1973年)に改めて国宝へと指定された1対。
京都府の仁和寺が所有する平安時代の冊子30帖で、名称の三十帖と員数欄の30帖が一致している。専用の冊子箱も、同じ日に別の物件として国宝となっている。昭和26年(1951年)の指定にあたる30帖である。
京都府の相国寺が所有する南宋時代の茶碗1口で、高さ6.7センチメートル、口径11.8センチメートル。内面は釉薬をかけない部分が文様になり、外側は逆にふりかけて斑文様とする。昭和28年に国宝へ指定された。
京都府の高山寺が所有する唐時代の典籍3巻で、国の欄は日本ではなく中国と記録されている。文化財保護の制度は、物の作られた場所を問わないからである。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された3巻の典籍である。
京都府の八坂神社が所有する平安から江戸の古文書で、名称は2,205通、員数欄は89巻・40冊ほかとする。神社所有分と建内氏旧蔵分の二つが合わさっている。平成2年(1990年)に重要文化財へ指定された。
京都府京都市の竜光院が所有する茶碗で、明治41年(1908年)に重要文化財、昭和26年(1951年)に国宝となった。両者のあいだには43年の開きがある。同じ名の物件が、重要美術品としても記録されている。
京都市右京区の高山寺が所有する平安から鎌倉時代の絵巻4巻である。別の物件である断簡の記録によれば、4巻のうち甲巻はもと二巻であり、脱落と錯簡があるという。昭和27年(1952年)に国宝へ指定されている。
京都府宇治市の平等院にある平安時代の壁扉画14面で、天喜元年(1053年)の鳳凰堂完成と同じ年の作である。堂は建造物としても指定されており、文化庁はこれを二重指定と記す。昭和47年に国宝へ指定された。
京都国立博物館にある平安時代の彫刻5躯で、所有者は安祥寺である。明治43年(1910年)の重要文化財から令和元年(2019年)の国宝まで、109年が経っている。分類は彫刻であり、員数の単位は躯にあたる。
東京都千代田区にある唐代の書1幅で、王羲之の書簡を双鉤塡墨の技法で写した模本である。真筆は現存しておらず、同種の模本は日本・中国・米国に計九点しかない。令和5年(2023年)に国宝へ指定された1幅である。