京都府・大正
Taishō京都府 の大正時代(1912 – 1926)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都市下京区の梅小路機関車庫は、大正3年に竣工した扇形の機関車庫である。転車台を中心に20線の引込線が放射状に延びる。現存最古の鉄筋コンクリート造機関車庫として、平成16年(2004年)に国の重要文化財に指定された。
旧京都中央電話局西陣分局舎は京都市上京区にある大正10年(1921年)竣工の鉄筋コンクリート造の電話分局舎で、重要文化財。正面の柱頂にヴィーナスのトルソーを載せ、踊り子のレリーフで飾る独創的な意匠で、設計者の現存唯一の作品。
京都市左京区の清風荘は、西園寺公望の京都私邸として住友家が建てた数寄屋住宅。大正元年完成の主屋を中心に、茶室や三つの門まで12棟が一体で残り、近代和風建築の精華として平成24年に重要文化財に指定された。
実業家・加賀正太郎が大正から昭和にかけ自ら設計した英国チューダー様式の山荘。ハーフティンバーの外観とジャコビアン様式の室内をもち、現在はモネ《睡蓮》や民藝コレクションを展示する美術館本館として公開されている。
京都府福知山市下柳、由良川左岸の堤防斜面に建つ大正15年築の木造住宅。近代福知山の基盤を築いた実業家片岡久兵衛の別業で、最上階は赤松を用いた赤松普請の座敷となる。平成12年に国の登録有形文化財となり、内部は非公開。
網野神社の登録8棟で最大の拝殿。大正11年建立の建物が昭和2年の北丹後地震で倒壊し、昭和4年に岸熊吉の設計で再建された。正面に千鳥破風と唐破風を重ね、内部は折上小組格天井とする堂々たる社殿。
日本海に近い京丹後市網野町、網野神社の境内中央に建つ本殿。大正11年、古建築に精通した奈良県技師の岸熊吉が設計し、二重基壇上に一間社流造を据える。蟇股や木鼻の彫刻にその素養がうかがえる。
新居家住宅主屋は京都府京都市伏見区淀新町に建つ大正15年(1926年)の木造2階建の住宅で、登録有形文化財。玄関の北にスパニッシュ瓦を葺いた洋間、南に数寄屋風の和室を配し、幾何学的な意匠や根来塗の建具に創意を見せる郊外住宅の佳品。
京都市東山区松原通に北面する大正15年(1926年)頃の醤油商の町家。間口5間半の平入で、1階の窓に断面の丸い格子、腰に石貼、庇は銅板葺。大正期の大型町家の好例として平成20年(2008年)に登録有形文化財となった。
京都市東山区の伊藤喜商店の離れ無量子庵に大正15年(1926年)頃設けられた石造の井戸。0.9メートル角の枠は花崗岩の板石4枚を相欠に組み、銅板葺の屋形は動線を妨げる北西の隅柱を省く。平成20年(2008年)登録有形文化財。
京都市東山区松原通の伊藤喜商店の奥に大正15年(1926年)頃建てられた離れ。当時檜より上等とされた栂を用い、東に玄関と台所、西に十畳座敷と次の間、2階に数寄屋風の座敷を置く。平成20年(2008年)登録有形文化財。
京都市東山区の伊藤喜商店の離れ無量子庵に大正15年(1926年)頃設けられた茶室と待合。茶室玄関から三畳と水屋を経て四畳半に至り、西には磨丸太を軸部とする小さな待合が東を向く。平成20年(2008年)登録有形文化財。
京都市東山区の伊藤喜商店の離れ無量子庵で、主屋の南に渡廊下でつながる大正15年(1926年)頃の土蔵造2階建の蔵。北面の戸口に両開きの鉄扉、漆喰壁の腰に水切り、妻に瓦庇付の窓。平成20年(2008年)登録有形文化財。
京都市北区の今宮神社神輿庫は、東門の北に建つ大正後期の土蔵造で、今宮祭の神輿を納める。桁行12.1メートルの寄棟造桟瓦葺で軒蛇腹を廻らし、西の正面を三区画して黒い大きな鉄扉を開いた重厚な外観をもつ建物。
京都市北区の今宮神社楼門は、境内の南正面に建つ大正15年の三間一戸楼門。下層の三手先腰組と脚を伸ばした蟇股、上層の尾垂木付き三手先を組み、柱間の逓減と階高の調整によって安定感のある姿にまとめている。外観は自由に見学できる。
京都市北区の今宮神社楼門西廻廊は、楼門の西に建つ大正15年の廻廊。桁行三間の切妻造で、隅柱を延ばして二軒の軒と妻の破風に強い反りをもたせ、中世以前の意匠と技法を近代の建物にうまく援用している。外観は自由に見学できる。
京都市北区の今宮神社楼門東廻廊は、楼門の東に少し離して建つ大正15年の廻廊。桁行三間の切妻造で連子窓と板唐戸をもち、妻の虹梁上に蟇股・大斗・出三斗を組んで、中世以前の意匠を細部の彫刻に援用している。外観は自由に見学できる。
エンマ(旧村井銀行祇園支店)は京都市東山区の四条通に面した祇園町南側に建つ大正13年(1924年)の鉄筋コンクリート造2階建の銀行建築で、登録有形文化財。村井家のお抱え建築家の吉武長一の設計で、アメリカ仕込みの古典主義の作風を示す。
河合家住宅表門及び高塀は長岡京市粟生の丹波街道に面した大正期の門と塀。延石に方柱を立て腕木で塀瓦を受ける延長6.5mの高塀で、中央の1間を小庇付き・格子戸の表門とし、腰板壁の上を漆喰で仕上げる。2011年に登録有形文化財。
河合家住宅露地門及び仕切り塀は長岡京市粟生の河合家住宅で主屋と土蔵の間の庭を仕切る大正期の門と塀。間口1.4mの腕木門は半割りの孟宗竹を輪違いに並べて葺く珍しい仕様で、延長3.0mの練塀が続く。2011年に登録有形文化財。