三重県の登録有形文化財
三重県 · 登録有形文化財
三重県伊勢市中之町の寂照寺金毘羅堂は、棟札により天保10年建立と判明する小仏堂。桁行梁間とも3間、乱積の基壇上に建ち、正面のみ円柱として平三斗を組む。中央の鏡天井には筆者不明の龍が描かれる。平成23年登録。
三重県伊勢市中之町の寂照寺山門は、画僧月僊が寛政9年から文化2年頃に建てた一間一戸の薬医門。切妻造本瓦葺で間口3.0m、笈形付大瓶束と鰭付三花懸魚を備え、装飾を抑えて欅の良材を用いる。平成23年登録。
三重県桑名市の寿量寺に建つ旧大黒殿は、昭和10年頃の鉄筋コンクリート造。ヴォールト状の屋根に唐破風の向拝を組み合わせ、縦溝を刻んだ角柱が受ける。昭和20年の空襲で焼け残った二棟の一棟で、平成25年に国の登録有形文化財となった。
三重県桑名市の寿量寺境内南方に建つ鐘楼。方一間・宝形造ながら柱間上部をアーチで繋ぎ、洗い出しで文様を付ける。昭和10年頃の鉄筋コンクリート造で、地域の技術史を示す一棟として平成25年に国の登録有形文化財となった。
三重県亀山市白木町の白川小学校校舎北棟は、昭和29年竣工の木造平屋建校舎。中庭を挟んで南棟と平行に建ち、三本の渡廊下で結ばれる。北に廊下、南に教室を並べ、平成21年に登録有形文化財となった今も児童35名が通う。
三重県亀山市白木町の白川小学校校舎南棟は、昭和29年竣工の木造平屋建校舎。桁行58メートルの切妻造桟瓦葺で、正面中央に千鳥破風と玄関ポーチを構える。平成21年に国の登録有形文化財となり、今も児童35名が学ぶ現役の校舎である。
伊勢神宮の歴史と文化の総合博物館・神宮徴古館の魅力を紹介。片山東熊設計のルネッサンス様式の登録有形文化財建築、式年遷宮の御装束神宝、重要文化財11点を含む約13,000点の収蔵品をご案内します。
伊勢市倉田山に建つ神宮農業館は、明治24年創設の日本最初の産業博物館。現在の建物は明治38年の移築増築によるもので、赤坂離宮を手がけた片山東熊の数少ない木造作例にあたる。平等院鳳凰堂に倣う外観をもち、平成10年に登録有形文化財となった。
三重県志摩市の大王埼灯台は、1927年に建てられた登録有形文化財の白亜の灯台です。全国16基の参観灯台のひとつとして太平洋の360度パノラマを楽しめるほか、灯台ミュージアムや「絵かきの町」大王町の散策も魅力です。
三重県志摩市大王町に位置する大王埼灯台門柱及び塀は、昭和2年(1927年)に建設された登録有形文化財です。延長105メートルの鉄筋コンクリート造の塀と門柱が、白亜の灯台とともに熊野灘の歴史的景観を形作っています。
三重県津市の千歳山に佇む登録有形文化財「千歳文庫」。昭和5年(1930年)、陶芸家・実業家として知られる川喜田半泥子が、川喜田家の所蔵品を守るために建設した鉄筋コンクリート造4階建ての収蔵庫です。京都市美術館などを手がけた建築家・前田健二郎の設計による、高床式・二重壁構造の先進的な建築をご紹介します。
展示室二の南に平行して建つ明治期の展示室。木造二階建切妻造桟瓦葺で、周囲に下屋を設ける。外壁は真壁漆喰塗で軸組を意匠的に現し各面に窓を開く。もと米蔵で、建ちが高く街路景観に変化を与える。
展示室一と向き合い、東西棟で建つ明治期の展示室。木造平屋建で東面切妻造・西面入母屋造、外壁に竪板を張る。内部は土間の一室で和小屋を組む。当初は馬小屋とされ、床板張の痕跡も残り、往時の操業の一端を示す。
三重県伊賀市丸柱の伊賀焼窯元・長谷園に残る連房式登り窯。南へ高まる斜面に全長34m、高低差9.6mで築かれ、直線状に燃焼室が連なる。江戸末期の築造で、昭和40年代まで焼成に使われた。
主屋の北西に渡廊下でつながる明治期の客間。木造平屋建切妻造で、八畳二室を並べ三方に縁をめぐらす。西の主室に座敷飾を備え、庭側を開放しつつ背面は左右の土蔵と外観を揃える。別荘へ渡る通路も兼ねる。
長谷園の敷地西端に建つ、もと隠居部屋の別荘。木造2階建入母屋造で、上下階に和室を備え、玄関脇の洋間はパラペットに洋瓦を葺きベイウィンドウを開く。茅葺の主屋と対をなす大正期の和洋折衷住宅。
長谷園の屋敷を画す門と塀。主屋前の表門は四脚門、別荘前の西門は瀟洒な腕木門、主屋と表門の間に中庭門を置き、総延長106mの土塀が背面までめぐる。腰を竪板張とし敷地内の建物と景観を揃える。
中森家住宅井戸屋形及び板塀は三重県伊賀市上野玄蕃町にある江戸末期の工作物。主屋西側に建ち、西半に石製井戸枠を据え、東半を飛び石の通路とする。板塀は蔵まで延びて中庭と外庭を画する。平成26年登録、非公開。
中森家住宅蔵は三重県伊賀市上野玄蕃町にある江戸末期の土蔵。敷地西端、旧上野城外堀の位置にあたる擁壁際に建つ二階建で、登録六棟のうち唯一の本瓦葺、小屋は登り梁形式とする。平成26年登録、個人所有で非公開。
中森家住宅主屋は三重県伊賀市上野玄蕃町の旧武家町に建つ江戸末期の住宅。藤堂新七郎家の陪臣であった中森家の屋敷で、奥に四室を食い違いに配し、八畳主室のトコと棚は質実な造作にとどまる。平成26年登録、個人所有で非公開。