大阪府の登録有形文化財
大阪府 · 登録有形文化財
1970年大阪万博のシンボルとして岡本太郎がデザインした高さ約70mの太陽の塔。重要文化財に指定されたその三つの顔、内部の生命の樹、見どころやアクセス情報を詳しくご紹介します。
大阪市西成区に佇む国登録有形文化財「鯛よし百番」。大正末期に遊廓として建てられた木造二階建ての建物は、日光東照宮の陽明門を模した装飾や桃山風の大広間など豪華絢爛な空間で鍋料理や会席料理を堪能できる貴重な近代和風建築です。
大阪府箕面市の箕面川沿いに建つ高橋家住宅は、大正8年頃に貿易商・有馬彦吉氏の別邸として建てられた洋風建築物です。イギリス風のスレート葺き急傾斜屋根やステンドグラスを備えた本格的な意匠が特徴で、国登録有形文化財および大阪府内初の景観重要建造物に指定されています。
東大阪市の大阪商業大学キャンパス内に建つ谷岡記念館は、昭和9年の室戸台風からの復興校舎として昭和10年(1935年)に竣工した鉄筋コンクリート造4階建の建築。正面の時計塔、平滑な壁面に並ぶアーチ窓と丸窓、3・4階を貫く吹抜けの大講堂など、昭和初期モダニズムの端正な造形をよく残し、平成12年に東大阪市初の国登録有形文化財(建造物)となった。館内には商業史博物館があり、近世大坂の商業文化を伝える。
大阪府柏原市の石川に架かる玉手橋は、1928年に架設された日本初の登録有形文化財の吊橋です。中世ヨーロッパの城を思わせる白い主塔と赤い欄干が美しい、全長151mの5径間吊橋の歴史と魅力をご紹介します。
千早神社小宮(旧本殿)は明治七年建立で、境内の登録六件のうち最も古く、昭和三年まで本殿として使われた。一間社流造、建築面積一・三平方メートルの小社殿に、菊と波の彫刻や絵様を彫り込む。令和六年に登録有形文化財となった。
千早神社社務所は昭和七年建立、建築面積百二十七平方メートルと境内最大。式台棟・授与所棟・主体部の三つの切妻を参道へ突き出し、深い螻羽と薄い軒の対比が力強い正面をつくる。内部は続き間座敷。令和六年に登録された。
千早神社手水舎は昭和三年建立、面積一・六平方メートル。主柱を棟木まで通し、二段の腕木で軒桁を支える架構が、天井を張らない頭上にそのまま見える。中央に自然石組の手水鉢を置く。令和六年、歴史的景観への寄与を理由に登録された。
千早神社拝殿及び渡廊は昭和三年建立。背面中央の御扉を除き側廻りをすべて吹放ちとし、正面に立つと視線が建物を貫いて背後の森へ抜ける。設計は本殿と同じ大江新太郎による斬新な形式。令和六年に登録有形文化財となった。
千早神社本殿は、史跡千早城跡二の丸に建つ昭和三年建立の社殿。設計は明治神宮宝物殿を手がけた大江新太郎。桁行三間梁間二間の切妻造妻入で、細い木柄と扉の錺金具が見どころ。令和六年に登録有形文化財となった。
千早神社末社は本殿の北西、基壇上に南面して建つ昭和七年の小社殿。建築面積は二・五平方メートルながら円柱と長押で軸部を固め、南面各間に錺金具付きの扉戸を開く。縦長の懸魚や桁隠は本殿の意匠に通じる。令和六年に登録された。
大阪府富田林市に佇む桃花塾教室棟は、1933年に建設された木造平屋建ての国登録有形文化財です。日本における私設知的障がい者施設の先駆けとして1916年に創立された桃花塾の一部であり、昭和初期の典型的な木造教育施設として建築的・歴史的価値が高く評価されています。簡素ながらも温もりを感じさせるその建築は、「生命への畏敬」という創設理念を今に伝えています。
大阪府富田林市にある桃花塾本館は、1933年に建てられた木造2階建の福祉施設で、国登録有形文化財に指定されています。知的障がい者支援の先駆的施設としての歴史と、簡潔で良質な昭和初期建築の魅力をご紹介します。
1922年に愛国貯蓄銀行本店として建てられた丼池繊維会館は、大阪・船場の丼池筋に佇む国登録有形文化財です。戦後は繊維問屋街の拠点として活躍し、2016年の革新的なリノベーションにより大正時代の外観を取り戻しました。タイル張りの外壁や優美な角の曲面処理など、100年の歴史を刻む近代建築の魅力をご紹介します。
1874年創立の日本最古級プロテスタント教会。建築家ヴォーリズが1922年に設計したロマネスク様式の赤煉瓦教会堂は、正面のバラ窓や木造トラスの礼拝堂が見どころ。国登録有形文化財・大阪府指定有形文化財。大阪メトロ肥後橋駅から徒歩5分。
大阪・深江の旧幸田家住宅乾蔵及び塀。敷地北西隅に石積みで入口を高くした「段蔵」を据えて低地の洪水に備え、二階建土蔵の西面には二連の円窓を見せ、延長37mの瓦塀と一体となって屋敷の角を束ねる。
大阪・深江の旧幸田家住宅表門。土蔵と乾蔵に挟まれて街路北面に開く両下造本瓦葺の門で、深く張り出す軒、太い扉と八双金具、屋敷へ上がる石段が旧庄屋の家格を示し、街並みの歴史的景観を形づくっている。
大阪・深江の旧幸田家住宅主屋。西の土間に床上七室が続く農家型の一階の上に、中廊下型の近代的な二階を重ね、四棟のうち唯一「造形の規範」として登録された昭和10年建築の近代和風住宅である。
大阪・深江の旧幸田家住宅土蔵。切妻本瓦葺の中央を招き屋根状に高く上げて中二階を納め、床を三段に設けて低地の洪水に備えた実用の納屋的な土蔵で、東側の床はかつて主屋の玄関角屋と直接つながっていた。
大阪府東大阪市東石切町の藤井家住宅乾蔵は、敷地北西隅、表門の西脇に建つ江戸末期の道具蔵。桁行5.9メートル、置屋根式の切妻造本瓦葺で、腰は人造石洗出し。表門と一体に表構えを引き立てる登録有形文化財です。