大阪府・鎌倉
Kamakura大阪府 の鎌倉時代(1185 – 1333)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大阪市立東洋陶磁美術館が所蔵する中国・南宋時代の建盞。漆黒の釉面に銀色の粒状の斑文が内外全面に散り、その部分だけ金属的な光沢を放つ。関白秀次の所持と伝わり、昭和26年(1951年)に国宝に指定された。
大阪市の藤田美術館が所蔵する中国・南宋の天目茶碗。漆黒の釉面に粒状の斑文が浮かび、そのまわりが暈状に玉虫色の光沢を放つ。文化庁は内外両面に曜変があるのは本茶碗だけと記す。昭和28年に国宝に指定された。
大阪府にある鎌倉時代の太刀で、身長73.3センチメートル、反り2.4センチメートル。茎が生ぶで助包の銘が残り、地は小板目肌に乱映えが立つ。昭和32年(1957年)に国宝へ指定された。所有者は個人である。
大阪府泉南郡熊取町和田にある鎌倉時代後期の本堂1棟である。桁行三間・梁間三間で正面と奥行きが等しい。松原市にある同名の本堂とは別の物件であり、昭和24年(1949年)に重要文化財へ指定された1棟である。
刀〈金象嵌銘光忠/光徳花押〉は、個人が所有する鎌倉時代の備前長船光忠の刀で、昭和26年に国宝に指定された。光忠の最上作とされ、織田信長から徳川家康を経て水戸徳川家に伝わったという。
大阪府の個人が所蔵する重要文化財の刀。銘はないが、鎌倉時代中期に京で活躍した名工・来国行の作と古来鑑定されてきた。磨上げで銘を失った経緯と、来派の地鉄や刃文の見どころ、国行の作に出会える場所を紹介する。
刃長70.4センチ、反りの浅い幅広で重ねの薄い無銘刀。鎌倉時代の相州貞宗の作と古くから認められ、大阪府にある国の重要文化財。号「幅広」は太づくりの姿に由来し、青黒く澄んだ地肌と稲妻状に走る金筋が鑑賞の見どころとなる。
太刀〈銘備前国長船住近景/嘉暦二二年□月日〉は、個人が所蔵する鎌倉時代の長船近景の太刀で、昭和28年に国宝に指定された。嘉暦の年紀をもつ同作の中でも古く大作で、健全な代表作である。
太刀〈銘備前国吉岡住左近将監紀助光〉は、個人が所蔵する鎌倉時代の吉岡一文字助光の太刀で、昭和28年に国宝に指定された。元亨2年(1322年)の年紀をもち、吉岡一文字の中では華やかな一口とされる。
鎌倉時代の備中国・古青江派を代表する刀工・守利が鍛えた国宝の太刀。縮緬肌の美しい地鉄や優美な姿など、その魅力と見どころ、鑑賞のポイントを詳しく解説します。
短刀〈無銘正宗(名物包丁正宗)〉は、個人が所蔵する鎌倉時代の正宗の短刀で、昭和27年に国宝に指定された。享保名物帳の包丁正宗3口のうち旧日向内藤家の1口で、地景・金筋・稲妻の最も激しい正宗の典型作である。
短刀〈銘国光〉は、個人が所蔵する鎌倉時代の新藤五国光の短刀で、昭和29年に国宝に指定された。小振りながら内反りの上品な姿で、刃中の働きが見事な国光の典型作である。
短刀〈名物桑山保昌〉は、個人が所蔵する鎌倉時代の大和保昌派の貞吉の短刀で、昭和30年に国宝に指定された。元亨4年(1324年)の年紀をもち、保昌派の典型の柾目肌が整然と現れる。享保名物帳に載り、前田家に伝来した。
薙刀〈銘一備州吉岡住左近将監紀助光〉は、個人が所蔵する鎌倉時代の吉岡一文字助光の薙刀で、昭和28年に国宝に指定された。元応2年(1320年)の年紀をもち、鎌倉時代の薙刀の典型的な姿を生ぶのまま伝える。
大阪府に伝わる重要文化財「紙本墨画護摩壇様并三十七尊三昧耶形(伝智証大師本)」は、平安初期に唐から帰国した智証大師円珍の系譜に連なる密教図像です。墨の線のみで護摩壇の見取図と金剛界三十七尊の三昧耶形を描いた白描の一巻で、千年の時を越えて伝わる祈りの記録を、その筆致と象徴体系から読み解きます。
泉穴師神社摂社住吉神社本殿は、「文永十年」(1273年)の棟木が残る鎌倉時代の一間社春日造。府内最古の神社本殿といわれ、軒唐破風と支輪付き出組をもつ最古の例ともされる。正面には当初の巻斗が残っている。
孝恩寺観音堂は大阪府貝塚市木積の孝恩寺にある鎌倉時代後期の仏堂で、国宝。行基開創と伝わる観音寺の唯一残る堂で、「釘無堂」とも呼ばれる。和様に新しい様式を交え、蟇股は時代の優品とされ、屋根は行基葺である。
大阪府河内長野市の天野山金剛寺の中心に建つ元応2年(1320年)の金堂。治承2年の五間四方の堂を七間四方に広げた入母屋造本瓦葺の建物で、慶長・元禄・平成の3度の大修理を経た。秋季特別公開で本尊の三尊を拝める。
大阪府河内長野市の天野山金剛寺で中心伽藍の入口に立つ鎌倉時代後期の楼門。三間一戸で上層だけに入母屋造本瓦葺の屋根をかけ、増長天と持国天の二天像を安置する。門前には昭和13年に建てられた史蹟の標石柱が立つ。
慈眼院金堂は大阪府泉佐野市日根野の慈眼院にある鎌倉時代後期の金堂で、重要文化財。桁行三間・梁間三間の寄棟造・本瓦葺に一間の向拝を付ける。天正13年(1585年)の兵火で伽藍が焼けた中、国宝の多宝塔とともに当初から残る建物。