大阪府・江戸
Edo大阪府 の江戸時代(1603 – 1868)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
大阪市立東洋陶磁美術館が所蔵する1100万ドルの価値を持つ国宝・油滴天目茶碗をご紹介。12世紀南宋時代の傑作で、神秘的な油滴斑文が輝く日本唯一の国宝指定油滴天目です。詳細な見学ガイド付き。
世界に3点しか現存しない曜変天目茶碗の1つを大阪の藤田美術館で鑑賞。12世紀の国宝は現代科学でも再現不可能な宇宙的文様を持ち、評価額17億円の至宝です。
重要文化財「大森彦七図鐔〈金象嵌銘利寿(花押)〉」は、奈良三作の一人・奈良利寿(1667–1737)の代表作として知られる装剣金工の傑作です。『太平記』に語られる大森彦七と楠木正成の怨霊・鬼女の挿話を、表裏で連続する高肉彫りと豪奢な象嵌で表現。装剣金工の最高水準を伝える名品の魅力と背景を、訪日旅行者向けにわかりやすく解説します。
井上真改は津田助広と並ぶ大坂新刀の名工で、沸の冴えから「大坂正宗」と称された。本刀は延宝四年(一六七六年)八月、最も円熟した時期の作で、青く澄んだ地鉄に長く金筋がかかり、差裏に菊紋を切る重要文化財である。
大阪府の個人が所蔵する重要文化財「刀〈銘奥州仙台住山城大掾藤原国包/寛永五年八月吉日〉」をご紹介します。仙台藩のお抱え刀工・初代仙台国包が「山城大掾」を受領した翌年、寛永5年(1628年)に鍛えた野心作で、大和保昌伝の柾目鍛えを蘇らせた新刀最上作の傑作。伊達政宗の文化的遺産を物語る貴重な一振りです。
慶長19年(1614年)、徳川将軍家の御用鍛冶・初代越前康継が輸入南蛮鉄を用いて江戸で鍛えた重要美術品指定の刀。日本刀史における南蛮鉄使用の先駆けとして、また大坂の陣の年に鍛造された歴史的資料として極めて高い価値を持つ。
大阪府堺市の大安寺に伝わる重要文化財の障壁画76面。17世紀前半の狩野派による金碧の花鳥図や水墨の西湖図が本堂四室を飾り、堺の繁栄を今に伝える唯一の障壁画遺例です。戦前の国定教科書「画師の苦心」で知られる「枝添えの松」の逸話でも有名。
大阪・河内長野の観心寺に残る書院。正保4年(1647年)の建立で、旧子院槇本院の一郭に持仏堂や庫裏とともに伝わる重要文化財である。通常は非公開だが、隣接する庫裏の精進料理店から、同じ土塀の一郭に入ることができる。
大阪府貝塚市の願泉寺は「ぼっかんさん」と親しまれる貝塚御坊である。卜半家が地頭として明治初年まで寺内町を治め、一時は本願寺の本山ともなった。本堂・表門・太鼓堂の江戸期三棟が国の重要文化財に指定されている。
大阪市平野区の杭全神社に並ぶ三棟の本殿のうち、左端が第一殿。元禄3年(1690年)に春日大社本社の第三殿として建てられ、正徳元年(1711年)に移された。後世の改修が少なく旧規をよく保つ一間社春日造の重要文化財です。
大阪府富田林市の重要伝統的建造物群保存地区・寺内町に佇む旧杉山家住宅は、17世紀中頃に建てられた国指定重要文化財の商家建築です。寺内町創設の八人衆の一家として町の経営に携わり、酒造業で繁栄した杉山家の壮大な屋敷は、南河内地方の農家風建築と洗練された商家座敷が共存する貴重な遺構。明星派歌人・石上露子の生家としても知られています。
住吉大社の摂社・大海神社本殿は、宝永5年(1708年)造営の重要文化財。国宝の四本宮より古く、正規の住吉造社殿としては現存最古とされる。海宮の神・豊玉彦命と豊玉姫命を祀り、社前には潮満玉を沈めたと伝わる玉の井が残る。
大阪府堺市に佇む大安寺本堂は、桃山時代の豪商・納屋助左衛門(呂宋助左衛門)の邸宅を移築したと伝わる総檜造りの重要文化財建築です。天和3年(1683年)に再建された書院造の本堂内部には、17世紀前半の狩野派による金碧障壁画76面が収められ、堺の黄金時代の繁栄を今に伝えています。
大阪市阿倍野区の阿倍王子神社境内に佇む葛之葉稲荷神社本殿は、元禄元年に船場・安土町に勧請された男山八幡神社の旧本殿です。明治40年の合祀により移築され、戦災で失われた船場の江戸時代の神社建築を唯一伝える国登録有形文化財。赤色塗りに極彩色を施した華麗な意匠と、安倍晴明ゆかりの葛之葉伝説が息づく歴史的な社殿を紹介します。
小林一三の雅俗山荘の入口に建つ長屋門。江戸後期に庄屋の屋敷に建てられ、昭和11年に移築したと伝わる。中央に門口を開き、守衛室と宿直室を備え、当初の飾り金物を残す。平成21年登録の登録有形文化財。
大阪府門真市の願得寺玄関は、宝暦2年(1752年)頃の建立で、登録四棟のうち最も古い。本堂と庫裏の間に建って両者を結び、唐破風造の格式ある表構えを見せる。2006年に国の登録有形文化財となった。
大阪府門真市の願得寺書院は江戸末期の建築で、登録四棟のうち最大。二階建に見えるが平屋建で、内部空間を高くつくる。床・棚・付書院を備えた書院と次の間を広縁が囲む。2006年に登録有形文化財となった。
小谷家は鎌倉期以来この地に続き、江戸時代には伯太藩のもとで庄屋をつとめた。その主屋は江戸後期の建築で、銅板葺の切妻居室部と入母屋瓦葺の座敷部、格式を示す式台玄関を備え、地域景観の核となっている。
正面東端に建つ江戸後期の土蔵で、もと米蔵、現在は展示室に使う。登録五棟のうち唯一、造形の規範として登録された。置屋根式の本瓦葺、玉石積の基礎、漆喰で塗り固めた重厚な内部が評価された。
小谷城郷土館の門長屋は江戸中期の建築で、登録五棟のうち最も古い。廃藩置県の頃に伯太藩から拝領し移したと伝わる。門口の板扉と潜戸、起りのある本瓦葺、両脇の櫛形窓が屋敷の正面を整える。