江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
香川県丸亀市本島の三所神社本殿。天保元年に建てられた一間社流造本瓦葺の本殿で、二重の切石基壇の上に建ち、高欄付の縁をめぐらす。板支輪や手挟・木鼻の丸彫の彫刻は巧緻で躍動感があり、塩飽大工の力量を示す。
香川県観音寺市豊浜町和田に建つ江戸末期の四脚門で、丸亀藩主の御成門として建てられたと伝わる。同じ屋敷地で同時に登録された主屋以下の六棟はすべて解体され、平成16年登録のこの門だけが残る。個人所有で非公開。
土庄町馬越の小豆島馬越醤油に建つ江戸末期の諸味蔵で、醤油醸造の創業期の建物と考えられる。腰まで切石を積み、真壁の壁を縦板で覆い、西端を棟違いにする。中柱と登梁の下に木桶が並ぶ。平成15年に登録有形文化財。
土庄町馬越の小豆島馬越醤油で製成場の北西、海岸寄りに建つ江戸末期の土蔵造平屋建。建築面積42平方メートル。切妻造本瓦葺で、北面西端の出入口に庇を付け、漆喰の外壁を縦板張で覆う。平成15年に登録有形文化財。
香川県坂出市加茂町の正蓮寺の大玄関及び小玄関。弘化2年に本堂の東側に接続して建てられ、西に式台を構えた入母屋造妻入の大玄関、東に渡廊下を兼ねる両下造の小玄関を配して庫裏へつなぎ、境内の景観を重厚に整える。
香川県坂出市加茂町の正蓮寺の山門。江戸中期に建てられた切妻造本瓦葺の薬医門で、断面の大きな五平材の親柱や木太い控柱に絵様付きの虹梁を渡し、妻を笈形付きの大瓶束で飾る。境内に江戸中期の建築形式を伝える。
香川県坂出市加茂町の正蓮寺の本堂。文政8年に建てられた入母屋造本瓦葺の真宗本堂で、一間の向拝の木鼻に龍や獏、虹梁に波に鯉の躍動的な文様を彫るなど装飾豊かに仕上げ、讃岐地方の江戸後期の真宗本堂の好例とされる。
香川県善通寺市の総本山善通寺東院の釈迦堂。延宝年間に建てられ天保2年に現在地へ移された入母屋造本瓦葺の仏堂で、四周に縁をめぐらし、方柱に舟肘木を載せ舞良戸を立てる住宅風の意匠をもつ。正面に中門が建つ。
香川県善通寺市の総本山善通寺東院の鐘楼。江戸時代末期に金堂の南西に建てられた袴腰付の入母屋造本瓦葺の鐘楼で、擬宝珠高欄付の縁をめぐらし、上層は扇垂木の総反りの軒とする。もと鐘楼門だった痕跡をとどめる。
香川県善通寺市の善通寺誕生院、極楽堀の中に西面して建つ一間社流造の小祠。建築面積0.9平方メートルで19件のうち最小、慶応3年の建築で最古でもある。二十日橋の上から見下ろす形になり、平成22年に登録有形文化財となった。
香川県善通寺市の総本山善通寺東院の中門。江戸時代末期に釈迦堂の正面に建てられた一間一戸の楼門で、下層に袴腰状の板壁を設けて虹梁に雲龍や鶴を彫り、吹き放ちの上層は扇垂木の総反りの軒が優美な姿を見せている。
香川県善通寺市の総本山善通寺東院の龍王社。文化5年に境内北西の池の小島に建てられた一間社流造の小さな社殿で、文久元年に改修された。妻に雲紋、向拝に波頭紋の彫刻を施し、雨乞祈願のための社らしい意匠をもっている。
香川県小豆島町安田にある江戸末期の民家。切妻造の身舎の四周に下屋庇を巡らせた四方蓋造で、屋根が二段に重なって見える。建築面積157平方メートル、平成16年(2004年)に登録有形文化財となった。個人住宅のため非公開。
富井家住宅主屋は香川県多度津町家中に建つ文政11年(1828年)の武家住宅。切妻造・本瓦葺の平屋に四方の下屋を廻し、軒裏は垂木を波形に塗り込める。大きな改変がなく、当時の中級武士の住まいの姿をよく残している。
富井家住宅新座敷は香川県多度津町家中の武家屋敷にある江戸時代末期の座敷棟。2間四方の切妻造・本瓦葺で、主屋と渡廊下で結ぶ。武家の住まいながら門や塀で囲わず、前面道路に近接して建つ配置が独特で、屋敷の表構えをつくっている。
富井家住宅土蔵は香川県多度津町家中の武家屋敷にある江戸時代末期の土蔵。2間四方の土蔵造2階建・妻入で、腰壁を海鼠壁とし正面の出隅は軒下まで海鼠瓦を貼る。出入口の庇を受ける持送りは繰形で飾られ、敷地の景観を整えている。
富井家住宅門は香川県多度津町家中の武家屋敷の正面に建つ江戸時代末期の腕木門。切妻造・本瓦葺で間口2.4メートル、東半を黒漆喰塗りの壁とし、西半の出入口は格子戸と舞良戸の2枚を重ねて東半へ引き込む造りである。
香川県高松市扇町の増井家住宅書院は、江戸末期建築の座敷棟で敷地内で最も古い。間口15メートル、十畳に床と天袋、平書院を構え、庭に切目縁が延びる。平成21年に「歴史的景観に寄与」の基準で登録された非公開の個人住宅である。
香川県さぬき市大川町の弥勒石穴。水の足りない弥勒池のため、庄屋軒原庄蔵が高松藩の許しを得て三ツ石山の岩盤を手ノミで東西から掘り、安政4年に貫通させた延長189メートルの隧道で、今も導水路として使われる。
村尾家住宅主屋は高松市西植田町の旧家の屋敷の奥に南面して建つ農家の主屋。小屋内の墨書から天保13年(1842年)上棟と判明し、鉄板葺の寄棟屋根の四周に瓦葺の下屋を廻す四方蓋造で、桁行は約21mに及ぶ。