昭和

Shōwa

昭和時代(1926 – 1989)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

4,593 件 昭和時代 1926 – 1989
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沖縄ホテル瓦石垣
沖縄県 昭和中
沖縄ホテル瓦石垣

沖縄ホテル瓦石垣は沖縄県那覇市大道にある昭和36年(1961年)の石垣で、登録有形文化財。旅館棟の敷地を廻る総延長92メートルの石垣で、琉球石灰岩を積んで赤瓦を載せ、大道門とともに沖縄らしい景観をつくる。

沖縄ホテル旅館棟
沖縄県 昭和中
沖縄ホテル旅館棟

沖縄ホテル旅館棟は沖縄県那覇市大道にある昭和36年(1961年)の鉄筋コンクリート造3階建の客室棟で、登録有形文化財。昭和戦前から続くホテルの建物で、コの字形の平面に、窓上の庇と中空ブロックで飾った壁面をもつ。

沖縄ホテルレンガ棟
沖縄県 昭和中
沖縄ホテルレンガ棟

沖縄ホテルレンガ棟は沖縄県那覇市大道にある昭和24年(1949年)頃の鉄筋コンクリート造及び煉瓦造2階建の建物で、登録有形文化財。1階をRCのラーメン構造、2階を煉瓦造とした混構造で、戦後沖縄のホテル発祥の遺例。

神山家住宅水タンク
沖縄県 昭和前
神山家住宅水タンク

沖縄・黒島の神山家住宅、屋敷前の道路に南面して建つ小さな鉄筋コンクリート造の水タンク。昭和13年(1938年)築で、主屋屋根の雨水を竹樋で集め、濾過して蓄えた、乾いた離島の水の知恵を映す登録有形文化財です。

旧國場家住宅主屋
沖縄県 昭和前
旧國場家住宅主屋

旧國場家住宅主屋は、沖縄県恩納村の琉球村園内に建つ昭和5年建築の登録有形文化財です。赤い琉球瓦の入母屋造で一番座から三番座が並ぶ伝統形式ですが、一番座正面の玄関庇とガラス戸建具に近代の要素が表れています。

旧西中共同製糖場煙突
沖縄県 昭和前
旧西中共同製糖場煙突

宮古島市城辺の旧西中共同製糖場煙突は、昭和17年に農家が設けた製糖場の煉瓦煙突。高さ13m、イギリス積の煉瓦や基部の煙道、数回の操業で接収された経緯、撤去を免れた理由と、畑の中での見学方法を紹介する。

末吉家住宅石垣
沖縄県 昭和前
末吉家住宅石垣

末吉家住宅石垣は北大東村字港の幹線道路に面した角地で、敷地の西面と南面を囲む昭和前期の石垣。延長69m、天端幅65〜100cmの厚い壁体で、方形に近い不整形の石灰岩を組み合わせて築く。主屋とともに2007年に登録有形文化財となった。

末吉家住宅主屋
沖縄県 昭和前
末吉家住宅主屋

末吉家住宅主屋は北大東村字港、燐鉱の積出港だった西港へ通じる道に面して建つ昭和前期の石造平屋建。桁行13m、寄棟造鉄板葺で、角をコンクリートで固め、壁を石灰岩の布積とする。島で最初期の住宅地開発の遺構として2007年に登録された。

東迎家住宅石垣
沖縄県 昭和中
東迎家住宅石垣

与那国町字与那国の東迎家住宅で、主屋へ向かう通路と前庭を区切る昭和28年(1953年)の石垣。延長9.5メートル、高さ約1.5メートル、幅0.7メートルで、主屋の基礎の掘削で出た石を使って築かれている。

東迎家住宅主屋
沖縄県 昭和中
東迎家住宅主屋

与那国町字与那国の東迎家住宅主屋。昭和28年(1953年)建築の桁行7間・梁間4間の寄棟造で琉球赤瓦葺、正面に雨端を設ける。一番座・二番座と裏座の間取りで、チャーギ材とダイミョウ竹を用いる八重山の民家。

東迎家住宅水タンク
沖縄県 昭和中
東迎家住宅水タンク

与那国町字与那国の東迎家住宅で主屋の台所西面に接する昭和28年(1953年)の水タンク。東西1.7メートル、南北2.9メートル、高さ1.6メートルのコンクリート造で、樋の雨水を隅の簡易な濾過装置を通して溜める。

當山紀念館
沖縄県 昭和前
當山紀念館

當山紀念館は沖縄県国頭郡金武町金武の中心部にある昭和10年(1935年)の鉄筋コンクリート造平屋建の記念館で、登録有形文化財。内部は一室で、玄関ポーチのアーチと北端の八角形の窓のほかは装飾のない平明な意匠。

渡久山家住宅石垣
沖縄県 昭和前
渡久山家住宅石垣

石垣市大川の渡久山家住宅の門口に築かれた昭和初期の石垣。地元産の粟石を高さ約2mまで布積みにし、主屋正面の延長15mの石垣とコの字型の石垣を組み合わせ、角地に合わせた独特の構えをつくる。道路から見える。

なごみの塔
沖縄県 昭和中
なごみの塔

竹富島西集落の赤山公園に昭和28年(1953年)に建てられた鉄筋コンクリート造の物見塔。集落の連絡を伝える放送台として住民が建て、のちに島を見渡す展望台として親しまれた。老朽化のため現在は登降禁止とされる。

西桟橋
沖縄県 昭和前
西桟橋

竹富島西海岸に昭和13年(1938年)に築かれた延長105メートル、幅4.4メートルの桟橋。石灰岩の乱積みの両側にコンクリート壁を打ち、先端は干潮時の荷揚げ用に斜路状とする。西表島の水田へ通う舟が発着した。

弐六荘
沖縄県 昭和前
弐六荘

北大東村港にある昭和15年(1940年)の木造平屋建。燐鉱採掘事業で宿泊や娯楽に使われた建物で、切妻造と入母屋造の妻入の棟を工の字形につなぎ、正面はガラス戸。昭和57年から民宿二六荘として営業している。

屋宜家住宅アサギ
沖縄県 昭和中
屋宜家住宅アサギ

屋宜家住宅アサギは八重瀬町大頓の屋敷に昭和30年頃建てられた離れ。主屋の東南に建つ25平方メートルの寄棟造セメント瓦葺で、西と南に雨端をまわす。当初は米や大豆を納める蔵で、いまは沖縄そば店の予約席として使われる。

屋宜家住宅石垣
沖縄県 昭和中
屋宜家住宅石垣

屋宜家住宅石垣は八重瀬町大頓の屋敷の南辺を囲む琉球石灰岩の石垣。昭和27年に築かれ、延長50メートル、4段積みで高さ1.3メートル。東西から延びて中央で北へ折れ、主屋とヒンプンへ向かう通路をつくる。際の花木と赤瓦が調和する。

屋宜家住宅井戸
沖縄県 昭和中
屋宜家住宅井戸

屋宜家住宅井戸は八重瀬町大頓の屋敷に昭和27年に造られた石造の井戸。地面を円く掘って雨水をため、モルタル仕上げの縁を港川産琉球石灰岩の切石がL字に囲む。水道の遅れた旧具志頭村で暮らしを支え、正月には若水を供えた。

屋宜家住宅主屋
沖縄県 昭和中
屋宜家住宅主屋

屋宜家住宅主屋は八重瀬町大頓に昭和27年に建てられた赤瓦葺の民家。寄棟屋根に目漆喰、南と東に雨端をまわし、一番座の床と棚、二番座の仏壇まで伝統の間取りを守る。玄関はなく縁側から上がり、いまは沖縄そば店の座敷となっている。