栃木県の登録有形文化財
栃木県 · 登録有形文化財
雅秀店舗は栃木市倭町、旧例幣使街道の西木戸があった幸来橋の東に建つ明治後期の土蔵造店舗。切妻造・桟瓦葺の総2階建で、外壁は黒漆喰塗、両妻面に簓子下見板張、2階窓に観音扉を備える。高い棟積と大柄な影盛が目を引く。平成12年国登録有形文化財。
加登屋旅館別館は那須塩原市板室温泉、本館と悠仙閣に挟まれて建つ昭和12年頃の木造三階建。座敷飾を備えた和室を並べる一方、ドイツ壁風の壁面と上下窓で洋風意匠を織り交ぜる。三階には旧状が残る。平成28年、三棟同時に国登録有形文化財となった。
栃木県那須塩原市の板室温泉、その温泉街の最も奥に建つ加登屋旅館本館。大正八年(1919年)築と伝わる木造三階建てのこの建物は、平成二十八年(2016年)に国の登録有形文化財に登録されました。三階に残る六畳客室の連なりや東面の欄干付き出窓が、大正期の湯治宿の風情を今に伝えます。下野の薬湯として知られる板室の自家源泉とともに、百年の歴史を歩む静かな名宿です。
栃木県那須塩原市の板室温泉、その最奥にひっそりと佇む加登屋旅館悠仙閣は、昭和27年(1952)に建てられた木造2階建ての旅館建築です。大正8年築の本館、昭和初期の別館とともに、平成28年に国の登録有形文化財に登録されました。切妻造の屋根、入母屋破風の玄関庇、銘木を用いた床の間など、戦後の旅館が再び意匠を競い合った時代の空気を今に伝えます。「下野の薬湯」と称される強アルカリ性の名湯と、3つの時代の旅館建築が連なる稀有な景観をご堪能ください。
栃木県宇都宮市の中心部に立つカトリック松が峰教会は、スイス人建築家マックス・ヒンデルの設計により1932年に竣工した、現存最大級の大谷石建築です。双塔と半円アーチに彩られたロマネスク・リヴァイヴァル様式の聖堂は、1998年に国の登録有形文化財に登録されました。地元の凝灰岩と鉄筋コンクリート造を組み合わせた、伝統と近代の見事な融合をご紹介します。
栃木県日光市本町の金谷侍屋敷主屋は、江戸後期の武家住宅を明治6年に外国人旅行者の宿へ改めた木造二階建。板敷のいろりの間を中心とする平面が残る。2014年に登録有形文化財となり、現在は有料で公開されている。
栃木県日光市本町の金谷侍屋敷土蔵は、主屋の東に建つ江戸末期の土蔵造二階建。桁行4.7メートル、建築面積17平方メートル。置屋根形式をとり、外壁に漆喰の鉢巻を廻し腰に石を張る。2014年に登録有形文化財となった。
栃木県鹿沼市睦町の鹿沼市文化活動交流館石蔵(旧帝国繊維石蔵)は大正初期の石造平屋建倉庫。下段に深岩石、上部に大谷石を積み、キングポストトラスが桁行約55メートルの無柱空間を支える。南妻壁に丸に麻の社章を刻む。平成26年登録。
栃木県日光市の稲荷川に築かれた昭和7年竣工の砂防堰堤。堤長25m堤高17mという縦長の立面は、明治35年の大出水が縦侵食で深く刻んだ狭谷に嵌め込まれた結果である。高さ5mの台形水通部をもち、平成14年に登録有形文化財となった。
栃木県日光市の稲荷川にある昭和8年竣工の砂防堰堤。堤長64m堤高20mの堤体下流に、曲線平面の導水堤2基が斜めの床固を挟み、落水の向きを変える。この特異な形式が再現困難と評され、平成14年に登録有形文化財となった。
唐沢山城の二の丸跡に建つ唐澤山神社神楽殿。大正4年(1915)竣工。入母屋造妻入銅板葺で、三方に切目縁と擬宝珠高欄を巡らす。内部は奥に神棚を備えた舞台と後座に分かれ、祭礼の際に神楽が奉納される、境内の景観を形づくる社殿である。
唐澤山神社の参拝門は、明治16年(1883)の創建時に建てられた山上最古の一棟。当初は門と拝殿を兼ね、明治41年頃に山頂から現在地へ移築された。節の多い柱と切妻造平入の簡素な構えが、国の庇護を受ける以前、草創期の素朴さをとどめる。
唐沢山城の三の丸西方、四ツ目堀に架かる唐澤山神社神橋。大正13年(1924)築の鉄筋コンクリート単桁橋で、切石積の橋台に緩いアーチの桁を架け、御影石の擬宝珠欄干をまとう。近代の構法が石橋の姿で歴史的景観に調和した小さな橋である。
唐澤山神社の本殿を囲む中門祝詞屋及び透塀。明治42年(1909)造営で、総延長約52mの透塀と正面の中門からなる。彫刻は中備の蟇股のみだが、門扉と塀を菱格子で透かし、腰板に襷桟を付す優雅な意匠。聖域を隔てつつ本殿を縁取る結界の造形である。
国指定史跡・唐沢山城の頂に建つ唐澤山神社拝殿。明治42年(1909)竣工。入母屋造銅板葺で、正背面を除く四方を蔀戸に開く。隅の軒反りと吹寄格天井が優美で、制限図式の端正な形式を受け継ぐ、山上の祈りの社殿である。
栃木県佐野市、国指定史跡・唐沢山城の本丸跡に鎮まる唐澤山神社本殿。明治41年(1908)竣工の一間社流造で、官幣社の制限図式を映す端正な形式をもつ。菊紋の金具を除けば装飾は簡素だが、規模に不釣り合いなほど太い木柄が見どころとなる。
栃木県益子町に移築された国登録有形文化財「旧南間ホテル別館(ましこ悠和館)」。昭和4年頃に奥日光湯元の名門温泉ホテル別館として建てられ、戦時中には皇太子だった上皇陛下が玉音放送を聞かれた歴史ある木造建築。コの字形平面や刎高欄など昭和前期の和風ホテル建築の好例として知られ、現在は宿泊施設と平和のギャラリーとして公開されています。
栃木県鹿沼市の根古屋路地にひっそりと佇む旧安生家住宅主屋。大正5年(1916)築の和洋折衷住宅で、洋室外壁には90年以上ひび割れのない優れた左官技術「洗い出し」が用いられています。令和6年(2024)に国登録有形文化財に登録されました。
栃木県栃木市の蔵の街大通りに佇む「好古壱番館(旧安達呉服店店舗)」は、大正12年(1923年)に呉服商・安達家が建てた本格的な洋風店舗建築で、国の登録有形文化財です。銅板葺の寄棟マンサード屋根、ドーマー窓、石張り仕上げの柱など、大正期の意匠を色濃く残す貴重な一棟。現在は手打ちそばの店として営業し、蔵の街散策の立ち寄りどころとして親しまれています。
栃木県日光市の稲荷川上流部に佇む小米平砂防堰堤は、昭和6年(1931年)に竣工した堤高13メートル・堤長34メートルの重力式練積堰堤です。内務省時代の稲荷川砂防工事の堰堤群の中で最上流に位置する要の構造物として、平成15年に国の登録有形文化財に指定されました。女峰山を源流とする「暴れ川」稲荷川を鎮めるために築かれた近代砂防の歴史を伝える貴重な遺産で、滝尾神社から続くハイキングコースを通って訪ねることができます。