山口県の史跡名勝天然記念物
山口県 · 史跡名勝天然記念物
秋吉台は、山口県美祢市に広がる古生代の石灰岩からなるカルスト台地で、昭和39年(1964年)に特別天然記念物となった。ドリーネやカレンフェルトなどのカルスト地形と、化石を含む地層の大規模な逆転構造が評価されている。
秋芳洞は、山口県美祢市の秋吉台南麓に開く鍾乳洞で、昭和27年(1952年)に特別天然記念物となった。約1キロメートルの観光コースに、高さ30メートルの千畳敷や段をなす百枚皿が続き、洞内は年間を通じて17℃ほどに保たれる。
綾羅木郷遺跡は、山口県下関市綾羅木にある弥生時代前期を中心とする集落遺跡で、昭和44年に国の史跡に指定された。袋状竪穴群などが見つかり、開発による破壊と訴訟を経て、現在は遺跡公園として整備されている。
伊藤博文旧宅は、山口県萩市椿東にある、初代内閣総理大臣の伊藤博文が安政元年から明治元年まで暮らした茅葺平屋の家で、昭和7年に国の史跡に指定された。居宅・湯殿・便所の3棟からなり、外観のみ見学できる。
景清穴は、山口県美祢市美東町赤にある石灰岩の洞穴で、大正11年(1922年)に天然記念物となった。地下の川が三角田洞から佐山ポリエへ抜ける貫通洞で、平家の大庭景清が潜んだとの伝説をもち、景清洞の名で公開されている。
山口県下関市豊浦町の低山斜面にひっそりと残る、エヒメアヤメ自生の世界的南限地。1930年に国の天然記念物に指定された748.8㎡のこの地は、日本国内で中国東北部・朝鮮半島に最も近い自生地でもあり、氷期に日本列島がアジア大陸と陸続きであった歴史を今に伝える生きた証拠です。4月上旬には1,000株を超える青紫色のかれんな花が咲きそろい、周辺の川棚のクスの森や福徳稲荷神社とあわせて訪ねたい、知る人ぞ知る天然記念物です。
山口県下関市豊田町と長門市にまたがる「木屋川・音信川ゲンジボタル発生地」は、1958年に国の天然記念物に指定されたゲンジボタルの一大生息地。日本最大のホタルが舞う幻想的な光景を、日本初の「ホタル舟」や600年の歴史を誇る長門湯本温泉とあわせて楽しめます。最盛期は木屋川が6月10日ごろ、音信川が6月20日ごろです。
山口市阿東・蔵目喜の常徳寺境内にある池泉観賞式庭園。室町後期の作庭で、高さ約7メートルの自然岩盤を削り出した渓谷風の滝石組と、鍾乳洞からの導水を備える。雪舟作庭の伝承が残り、平成12年に国の名勝に指定された。
仁馬山古墳は、山口県下関市延行・有富の郷台地にある全長74メートルの前方後円墳で、平成3年(1991年)に史跡となった。周辺の古墳で最も古いと推定され、後円部の下には盗掘を免れた粘土槨が確認されている。
須佐高山の磁石石は、山口県萩市須佐の高山山頂に散らばる斑れい岩の岩塊群で、昭和11年(1936年)に天然記念物となった。磁鉄鉱ではないのに強い磁性をもち、頂上に近い岩ほど磁針を強く引きつけることで知られる。
山口県下関市豊田町、木屋川水系・大州田川に沿う全長約2キロの渓谷。白亜紀末期に貫入した石英斑岩が柱状節理を成し、大小数十条の滝と甌穴が連なる景観により、大正15年に名勝・天然記念物の二重指定を受けた。
山口県美祢市美東町、秋吉台国定公園の北東端に位置する大正洞は、1923年に国の天然記念物に指定された立体的な鍾乳洞です。古くは戦乱の折に牛を隠した「牛隠しの洞」と呼ばれ、1921年に大島金蔵・政一親子によって奥の大空間が発見されました。上・中・下の三層が縦穴で連結する希少な構造を持ち、今も成長を続ける幼い鍾乳石が無数に見られる「若い洞窟」として学術的にも貴重です。マグシーバー音声ガイドや大理石の藤棚回廊「ロマンロード」を備え、神秘的な地下世界を快適に探検できます。
山口県長門市、向津具半島の先に浮かぶ小島・俵島。約850万年前の玄武岩がつくる柱状節理が、直立し、傾き、横たわる姿は、まるで米俵を積み上げたよう。昭和2年に名勝及び天然記念物に指定された地質景観の見どころとアクセスを紹介します。
長州藩下関前田台場跡は、山口県下関市前田の高台に長州藩が文久3年と元治元年に築いた2つの砲台の跡で、平成22年(2010年)に史跡となった。四国連合艦隊に占拠され、藩が攘夷から開国へ転じる起点となった。
山口県下関市の海岸砂丘にある弥生時代の墓地。良好に残った300体超の人骨が縄文人と異なる形質を示し、渡来・混血説を生んだ。鳥を抱く女性や15本の石鏃を受けた戦士の墓が知られ、隣接の人類学ミュージアムで出土品に出会える。
長門鋳銭所跡は、山口県下関市長府安養寺の覚苑寺境内一帯にある奈良時代の銭貨鋳造所の跡で、昭和4年(1929年)に史跡となった。和同開珎や銭笵、坩堝が出土し、2010年には周防の銅の輸送を記す木簡も見つかった。
萩往還は、萩城下と三田尻(防府)を結んだ江戸時代の萩藩の参勤交代道で、平成元年に国の史跡に指定された。全長約53キロの道筋に、一升谷の石畳や一里塚、宮市本陣、三田尻御茶屋などの交通遺跡が残る。