愛知県・明治
Meiji愛知県 の明治時代(1868 – 1912)の文化財を一覧で閲覧できます。種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
明治村小泉八雲避暑の家は、明治初年頃に静岡県焼津の城之腰で建てられた間口3間の商家。小泉八雲が夏ごとに二階を借りた魚屋の家で、2004年に登録有形文化財となった。通り土間に沿って3室が縦に並ぶ素直な平面をもつ。
明治村皇居正門石橋飾電燈は、東京の皇居正門石橋の親柱に据えられていた6基のうちの1基。青銅鋳造で電燈部の高さ2.7メートル、四隅の獣足と四面の旭日・獅子頭を間近に見られる。2004年登録の登録有形文化財。
明治村幸田露伴住宅蝸牛庵は、東京・向島にあった幸田露伴の借家を移した明治初期の住宅で、2003年に登録有形文化財となりました。付書院のある10畳の座敷、深く張り出した土庇、赤いガラスの現像室が見どころです。
明治村工部省品川硝子製造所は、東京・北品川の官営ガラス工場から移した1877年頃の煉瓦造工場で、2004年に登録有形文化財となりました。イギリス積の壁、半円アーチ、キングポストトラス、越屋根が見どころです。
明治村神戸山手西洋人住居主屋は、神戸市山本通の異人館を移した明治中期の住宅で、2003年に登録有形文化財となりました。上下階に折り返して回るヴェランダと、間隔を変えて並ぶ竪溝付きの角柱が見どころになります。
明治村神戸山手西洋人住居付属屋は、神戸の異人館から1969年に犬山へ移された木造2階建て。棟内に階段がなく、2階の座敷へは主屋からの渡り廊下だけで通じる。1階は使用人の土間と和室、2階は床の間付きの10畳である。
明治村小那沙美島燈台は、広島湾の小島の頂上に1904年に立った鋳鉄造の燈台。直径50センチメートル台の円筒を4本積み上げ、日露戦争の開戦期におよそ3か月で組み立てられた。1976年に明治村へ移されている。
明治村近衛局本部付属舎は、東京の皇居構内に1888年に建った木造平屋建ての庁舎。切石の基壇の上にのり、正面アーケードの半円アーチを細いコーニスが縁取る白漆喰塗の建物で、1977年に明治村へ移築された。
明治村シアトル日系福音教会は、1907年頃に米国シアトルの高台に建った木造住宅。規格木材によるプラットフォーム構法の先駆例で、玄関ポーチの柱は2×4材を束ねた箱型。1984年に移築され2004年に登録有形文化財となった。
明治村芝川家住宅主屋は、武田五一が設計し1911年に西宮に建った別荘。1階は洋風のベランダとボウウィンドウ、2階は和風。洋間の天井に網代を張る。阪神・淡路大震災を機に移築され、2008年に登録有形文化財となった。
明治村清水医院は長野県大桑村須原の中山道沿いに建った医院建築。土蔵造の漆喰壁に目地を切って石積みに見せ、開口部は櫛形アーチとする。1階は通り土間に待合室と薬局が並び、屋根は木曽檜の柿葺。2003年に登録有形文化財となった。
明治41年に東京・巣鴨の宗教大学本館へ設けられた高さ6.9メートルの車寄。本館の解体後も玄関部分だけが残され、昭和55年に博物館明治村へ移された。花崗岩の腰壁、3心アーチ、透彫パネルを間近に見られる登録有形文化財。
明治45年に隅田川へ架けられた新大橋のうち、浜町側の23メートル分を博物館明治村へ移した鉄橋。鳥居形の橋門構、アールヌーヴォーの高欄、白い花崗岩の親柱が同居する登録有形文化財で、実際に渡って歩くことができる。
明治23年に京都の河原町三条へ献堂されたカトリック教会堂。昭和48年に博物館明治村へ移築された。直径3.6メートルの薔薇窓、ケヤキの束ね柱、リブ・ヴォールトの天井を堂内から見上げられる登録有形文化財。
明治42年に名古屋の旧制第八高等学校の正門として建てられた煉瓦造の門。門柱に三条の花崗岩帯を巻き、円環と渦巻を散らした鉄扉が付く。昭和45年に博物館明治村へ移され、いまは村の正門として来村者を迎える。
明治12年に長崎湾口の伊王島へ建てられた木造の教会堂。外壁は真壁造、屋根は桟瓦葺で民家に近い姿だが、内部は身廊と側廊が並ぶ三廊式の後期ゴシックで、天井は漆喰でヴォールトを写す。平成6年に博物館明治村へ移築された。
明治41年頃、豪雪の新潟県高田で開業した写真館。電灯のない時代に自然光だけで撮るため、切妻屋根の北面をすべてガラス葺きとしている。昭和57年に博物館明治村へ移築され、平成16年に登録有形文化財となった建物である。
明治村千早赤阪小学校講堂は、愛知県犬山市の博物館明治村にある明治30年頃の木造2階建校舎。1階を雨天体操場、2階を講堂とし、外周に櫛形アーチの回廊をめぐらせる。平成15年に登録有形文化財に登録された。
明治村茶室亦楽庵は、京都の医家福井恒斎が明治10年頃に自邸の庭へ建てたと伝わる建築面積28平方メートルの四畳半茶室。引き違い障子戸の先に瓦敷きの土間を置き、庭と結ぶ。平成15年に登録有形文化財に登録された。
明治22年に東京・汐留の新橋停車場構内へ建てられた鉄造工場。鋳鉄柱から窓サッシまで鉄材はすべて国産で、柱には東京鉄道局鋳造の銘が残る。昭和41年に博物館明治村へ移築され、平成15年に登録有形文化財となった。