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全国の登録有形文化財

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14,499 件 登録有形文化財 47都道府県
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河鹿園枕流亭
東京都 昭和前 登録有形文化財
河鹿園枕流亭

河鹿園枕流亭は、東京都青梅市の元割烹旅館河鹿園で最も低い位置に建つ昭和5年頃の入母屋造の客室棟です。渡廊下が2階に取り付き、縁を設けず川へ開け放つ座敷が特徴で、奥多摩観光の隆盛を伝える建物として登録されました。

河鹿園渡廊下
東京都 昭和前 登録有形文化財
河鹿園渡廊下

青梅市御岳本町の河鹿園渡廊下は、令和2年に登録された木造平屋建の渡り廊下。山魚楼から渓梅庵を経て枕流亭と大浴場へ、南東下がりの敷地を階段二箇所と斜路で結ぶ。床は黒玉石の洗い出しに擬木の切株を飛石状に配する。

金澤家住宅主屋
東京都 昭和前 登録有形文化財
金澤家住宅主屋

金澤家住宅主屋は東京都文京区西片にある昭和5年建築の木造2階建住宅。東京美術学校で教えた建築家金澤庸治が父のために設計し、施工は清水組。棟を東西方向に振った構成が特徴で、平成10年に国の登録有形文化財となった。

金澤家住宅門及び塀
東京都 昭和前 登録有形文化財
金澤家住宅門及び塀

金澤家住宅門及び塀は東京都文京区西片にある昭和5年建築の木造瓦葺の棟門と、附属する延長10.7メートルの板塀である。冠木上に組子の欄間、門扉上部に菱組格子を入れ、平成10年に国の登録有形文化財となった。

金澤家住宅洋館
東京都 昭和前 登録有形文化財
金澤家住宅洋館

金澤家住宅洋館は東京都文京区西片にある昭和5年建築の木造平屋建。建築面積29平方メートル、下見板張りで北西面の外壁と屋根の一部をガラス張りとする。設計事務所兼自宅を意図した建物で、平成10年に登録有形文化財となった。

鎌田家住宅主屋
東京都 昭和前 登録有形文化財
鎌田家住宅主屋

世田谷区梅丘の鎌田家住宅主屋は昭和7年建築の木造平屋建。入母屋と寄棟に陸屋根の洋間を組み合わせた変化のある外観と中廊下式の間取りを備え、戦前の私鉄沿線に広がった郊外住宅の例として平成21年に登録された。

鎌田家住宅離れ
東京都 昭和前 登録有形文化財
鎌田家住宅離れ

世田谷区梅丘の鎌田家住宅離れは昭和7年建築、建築面積50平方メートルの奥座敷。トコ・棚・付書院を構える十畳と六畳次の間からなり、主屋と雁行して槫縁でつながる。平成21年に国の登録有形文化財に登録された。

鎌田家住宅門及び塀
東京都 昭和前 登録有形文化財
鎌田家住宅門及び塀

世田谷区梅丘の鎌田家住宅門及び塀は昭和7年建築の鉄筋コンクリート造。間口2.6メートルの門に各2.0メートルの袖塀を付し、洗出し仕上げの面と赤い塗り分けが郊外住宅地の景観をつくる。平成21年に国の登録有形文化財となった。

神谷バー本館
東京都 大正 登録有形文化財
神谷バー本館

神谷バー本館は東京都台東区浅草の角地に建つ大正10年(1921年)の鉄筋コンクリート造の商業建築で、登録有形文化財。6階・地下1階建で、正面に矩形の大窓と円形の高窓を開け、3階と4階を通す三連の半円アーチ窓が外観を特徴づける。

亀井家住宅主屋
東京都 昭和前 登録有形文化財
亀井家住宅主屋

東京都世田谷区松原の亀井家住宅主屋は、昭和5年建築の木造2階建。入母屋造桟瓦葺の和風主体部に、フランス瓦を葺いた切妻の洋館が付く。続き間座敷の東西に階段を置き、客と家族の動線を分けた平面が評価され、令和4年に国の登録有形文化財となった。

川井家住宅主屋
東京都 明治 登録有形文化財
川井家住宅主屋

東京都多摩市鶴牧の川井家住宅主屋は、明治18年頃建築の茅葺大型養蚕農家。小屋裏に二層の蚕室を設けるため軒を高く立ち上げ、座敷は差鴨居で柱を省く。ニュータウン開発を免れた旧名主宅として、令和2年に多摩市初の国登録有形文化財となった。

河原家住宅主屋
東京都 大正 登録有形文化財
河原家住宅主屋

東京都大田区南馬込の河原家住宅主屋は、明治18年建設の旧馬込小学校の玄関と教場を移築した和風住宅。昭和38年には同校の時計台(大正14年建設)を書斎の上に載せた。学校建築を活かした塔屋付き住宅として、平成12年に国の登録有形文化財となった。

寛永寺葵の間
東京都 江戸 登録有形文化財
寛永寺葵の間

慶応四年、最後の将軍徳川慶喜が江戸城を出て二か月を過ごした書院が葵の間。十畳と八畳からなる質素な座敷で、下地窓や地袋棚に数寄屋風の趣を添える。徳川の世が終わった場が今も保たれている。

寛永寺護国院庫裏
東京都 昭和前 登録有形文化財
寛永寺護国院庫裏

歌舞伎座や明治生命館で知られる岡田信一郎が、昭和二年に手がけた数少ない和風建築。寛永寺最初の子院・護国院の庫裏で、客殿部と住居部からなり、昭和初期の住宅建築の気風を明快な間取りに伝える。

寛永寺根本中堂
東京都 明治 登録有形文化財
寛永寺根本中堂

上野戦争で焼失した寛永寺の本堂を、明治十二年に川越の喜多院から移築して再建したのが現在の根本中堂。桁行七間の大型仏堂で、秘仏の薬師如来を祀り、鏡天井や尾垂木付の組物に天台本堂の風格が残る。

寛永寺渋沢家霊堂
東京都 明治 登録有形文化財
寛永寺渋沢家霊堂

日本資本主義の父・渋沢栄一が、先妻千代の十七回忌にあわせ明治三十一年に建てたと伝わる霊堂。桁行四間半の宝形造で、内陣境の欄間彫刻や杉戸の彩色画に、小さな堂ながら丁寧な技が息づいている。

神田神社神饌所
東京都 昭和前 登録有形文化財
神田神社神饌所

神田神社神饌所は神田明神の本殿の東に建つ昭和9年の鉄骨鉄筋コンクリート造平屋建。建築面積19平方メートルの小さな建物だが、高い基壇に建ち、弁柄色塗と金箔押金具で主要社殿と同じ格式に整える。平成15年に登録有形文化財となった。

神田神社西門
東京都 昭和前 登録有形文化財
神田神社西門

神田神社西門は神田明神の宝庫の南に接して建つ昭和9年の鉄骨鉄筋コンクリート造の門。東門と左右対称に置かれ、両開きの桟唐戸と延長14メートルの玉垣で社殿群の西面を仕切る。平成15年に登録有形文化財となった。

神田神社拝殿
東京都 昭和前 登録有形文化財
神田神社拝殿

神田神社拝殿は神田明神の境内正面に建つ昭和9年の鉄骨鉄筋コンクリート造の社殿で、建築面積335平方メートルと社殿群最大。正面5間の向拝を持ち、前方を四半敷の土間、後方を畳敷とする。平成15年に登録有形文化財。

神田神社東門
東京都 昭和前 登録有形文化財
神田神社東門

神田神社東門は神田明神の神饌所の南に板塀を介して接する昭和9年の鉄骨鉄筋コンクリート造の門。間口1.8メートルに両開きの桟唐戸を吊り、延長14メートルの玉垣が拝殿側面まで折れ曲がって続く。平成15年に登録有形文化財。