兵庫県の登録有形文化財
兵庫県 · 登録有形文化財
大庄屋・大歳家の隠居した当主が暮らした小屋。主屋の東方、北東の外塀沿いに建ち南東で納屋に連なる。本瓦葺で縁付き6畳間と4畳前室、建築面積56平方メートル。平成11年に9棟一括で国登録された。
屋敷地の南端、南東辺と南西面が交わる入隅部に建つ穀物蔵。桁行3間半、梁間2間の桟瓦葺切妻・平入で、北東の大工部屋と屋根を一体につくる。街路側は軒回り以外を縦板貼とする。建築面積29平方メートル。平成11年国登録。
大歳家の南庭に建つ規模の大きな米蔵。桁行5間、梁間2間半の桟瓦葺切妻・平入で、入口両脇の腰を海鼠壁とする。棟の軸がこの棟だけ微妙にずれ、主屋より古い可能性が指摘される。建築面積51平方メートル。平成11年国登録。
加古川下流沿岸を差配した大庄屋の主屋。天保6年(1835)築で、本瓦葺入母屋造つし2階、建築面積455平方メートル。土間玄関と8室から成り、上段の間に大庄屋の格式がのぞく。9棟一括で平成11年に国登録された。
主屋座敷の縁側の地先に建つ小さな茶室。3畳の茶室と2畳の水屋から成り、桟瓦葺切妻で南に銅板葺の土庇を出す。大庄屋の接客のありようを示す施設として貴重。建築面積18平方メートル。平成11年に国登録された。
大歳家の屋敷の南東辺に沿う長屋・長屋門。約900坪の敷地を街路から画し中央に門を開く。門の北に蔵風の建屋、南に便益棟と大工部屋が連なり、白壁と板貼壁が街並みをつくる。建築面積284平方メートル。平成11年国登録。
屋敷地の北端部、離屋の北西方で北西辺の外塀に沿う土蔵。桁行3間、梁間1間半の瓦葺切妻・妻入で、9棟中最小の17平方メートル。北側の東什器蔵とともに什器を納めた。平成11年に9棟一括で国登録された。
大歳家の屋敷の北西方に建つ離屋で、9棟のうち唯一の明治期建築。簓子下見の入母屋2階建で、階下は3畳間・浴室・便所。主屋オクナンドの北側廊下に接続する。建築面積25平方メートル。平成11年に国登録された。
屋敷地の東北辺と西北辺が交わる入隅部に建つ土蔵。桁行3間、梁間2間の瓦葺切妻で、東南妻面に庇を出して入口を設ける。西什器蔵とともに什器類を納めた。離屋・隠居部屋と裏庭的空間をつくる。建築面積25平方メートル。平成11年国登録。
小河家住宅の敷地南辺西端に建つ裏門。柱間約一・三メートルの腕木門で、切妻造桟瓦葺、両開板戸に縦格子の欄間を備える。約十三・八メートルの塀を付属し、小規模ながら上質な意匠をみせる。
小河秀太郎が明治末期に構えた別邸の表門。敷地北面の中央に建ち、松と石畳が主屋への導線を演出する。門・塀・主屋など十一棟が一組で国登録有形文化財となった、その正面を画する門である。
三木の実業家小河秀太郎が明治末期に構えた別邸の主屋。間口十一間の入母屋造桟瓦葺で、式台玄関や上段の間を備える。全国から集めた銘木と國包の建具など、材料意匠技術ともに優れた近代和風建築である。
小河家住宅の敷地西辺、主屋と納戸の間に建つ女中部屋。桁行三間の寄棟造桟瓦葺で、七畳半に浴室や便所を備え、更衣室が主屋台所に連絡する。質素な使用人部屋がそのまま遺る稀な例である。
小河家住宅の敷地周囲を巡る外塀。北面では表門でその線を断ち、南北に長い敷地を画す。庭と座敷を街路から隔て、門とともに町へ向ける正面をなす。建物群十一棟が一組で登録された、その輪郭を描く一棟である。
小河家住宅の敷地南半、中庭近くに建つ土蔵。厚い土壁で家財を火や湿気から守る蔵で、主屋や離れと渡り廊下で結ばれた建物群の実用の要をなす。あわせて十一棟が国登録有形文化財となった。
小河家住宅の敷地西辺、女中部屋に隣り合って建つ納戸。付属屋が南北に連なる列に属し、別邸を裏方で支えた物置である。番人小屋や女中部屋とともに、明治末期の別邸の維持の全体像を補う一棟。
兵庫県姫路市大塩町に佇む梶原家住宅内大蔵は、江戸末期に建てられた土蔵造2階建の登録有形文化財。塩田経営で栄えた名家の歴史と、白漆喰・海鼠壁の美しい意匠をご紹介します。
兵庫県姫路市大塩町に佇む梶原家住宅土蔵は、天保13年(1842年)に建てられた登録有形文化財の土蔵です。塩田地主・梶原家の富を伝える白漆喰壁と丁寧な鏝細工が見どころ。大塩の塩業の歴史とともにご紹介します。
明治40年(1907年)にアメリカ人M.J.シェー氏の邸宅として建てられた北野物語館は、コロニアルスタイルの木造洋館です。阪神・淡路大震災後に神戸市が部材を保管し忠実に復元、平成15年に国の登録有形文化財に登録されました。現在はスターバックスコーヒー神戸北野異人館店として営業しており、明治の異人館建築の趣を味わいながらコーヒーを楽しめる唯一無二の空間です。
昭和2年(1927年)に兵庫商人の社交場として建てられた旧岡方倶楽部は、神戸大空襲と阪神・淡路大震災を奇跡的に生き延びた国登録有形文化財です。セセッション様式の洋風建築が兵庫津の繁栄の記憶を今に伝え、2026年6月には神戸市歴史公文書館として新たな役割を担います。