重要文化財
Important Cultural Property日本の重要文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
大村家住宅は愛媛県内子町の八日市護国にある町家で、寛政年間の主屋と明治18年の裏座敷が重要文化財です。木蝋で栄える前の形を残し、二階に座敷を設けません。修理で復原された蔀戸が通りに面し、外観のみ見学自由です。
愛媛県今治市・大三島の大山祇神社本殿(宝殿)は、室町時代の応永34年(1427)に再建された三間社流造・檜皮葺の重要文化財。日本総鎮守と称された古社の中心に立つ朱塗りの社殿は、武将たちが武運を祈った祈りの空間そのもの。歴史と神々しさを感じる旅へご案内します。
大山祇神社拝殿は愛媛県今治市大三島町宮浦にある重要文化財の神社建築。桁行七間、梁間四間の切妻造で屋根は檜皮葺、柱はすべて円柱です。天井を張らない豪壮な内部と正面一間の唐破風向拝が見どころ。年代は江戸前期説と応永年間説が並びます。
大山祇神社宝篋印塔は愛媛県今治市大三島町宮浦に並び立つ鎌倉時代後期の花崗岩製石塔三基で、昭和27年(1952年)に重要文化財に指定されました。中央塔は総高394センチ余、相輪の請花が逆さに垂れる特異な形。尾道の大工念心の銘も伝わります。
上芳我家住宅は愛媛県喜多郡内子町にある明治時代の商家で、主屋ほか十棟が重要文化財です。釜場や土蔵、晒場といった木蝋生産の設備が住まいと一体で残り、現在は木蝋資料館上芳我邸として内部が公開されています。
愛媛県上島町の魚島、亀井八幡神社の境内に立つ花崗岩製の宝篋印塔。総高192センチメートル、基壇を含め238センチメートルで、鎌倉時代末期の特色をよく示す。地元では篠塚伊賀守の墓と伝える。国の重要文化財。
臥龍山荘は愛媛県大洲市の肱川を望む崖の上に建つ明治時代の別荘で、臥龍院・不老庵・文庫の三棟が重要文化財に指定されています。茅葺の主屋は七室が室ごとに趣を変え、不老庵は懸造で川へ大きく張り出し、庵そのものを舟に見立てています。
愛媛県西予市宇和町卯之町の旧開明学校校舎は、明治15年(1882年)に地元の大工都築熊吉が建てた木造2階建の小学校。アーチ形の窓にわずかな洋風を取り入れた擬洋風建築で、今は教育資料館として公開。重要文化財。
旧広瀬家住宅は、別子銅山の近代化を進めた広瀬宰平が明治20年代に整えた和風住宅。主屋や新座敷など7棟が2003年に重要文化財に指定された。主屋2階の望煙楼から新居浜の市街を見下ろせる。広瀬歴史記念館の一部として内部まで公開。
旧山中家住宅は、別子山村から久万高原町上黒岩へ移築された18世紀後半の茅葺民家。土間がほとんどなく部屋を一列に並べる四国中央山地の形式を示し、1970年に重要文化財に指定された。参観は無料だが冬季は休館する。
愛媛県西条市の西山興隆寺、本堂の右後方に立つ花崗岩製の宝篋印塔。総高305センチメートルで、形式と技法から南北朝時代の作とみられ、基礎から相輪まで損傷のない整った姿を保つ。寺伝では源頼朝の供養塔という。
愛媛県西条市の西山興隆寺の本堂。文中4年(1375年)再興の桁行5間、梁間6間の大きな堂で、和様に禅宗様の組物を交え、一見宝形造に見える寄棟造の屋根をもつ。明治40年(1907年)に国の重要文化財に指定。
五輪塔は、愛媛県今治市野間の通称「覚庵」に立つ鎌倉後期の花崗岩製の石塔2基。一つの基壇に大小が並び、無銘のまま1954年に重要文化財へ指定された。田の一角に立ち、囲いも受付もなく、無料で常時見学できる。
愛媛県上島町の岩城島、祥雲寺の観音堂。棟札写しから永享3年(1431年)の建立とわかる桁行3間、梁間3間の入母屋造本瓦葺の小堂で、禅宗様に和様を交え、扇垂木や二重蓮華の須弥壇を備える。国の重要文化財。
愛媛県上島町の弓削島、定光寺の観音堂は桁行3間、梁間2間の宝形造本瓦葺の小堂。文化庁は寛正4年(1463年)の建築とし、類例の少ない組物の手法と、瓦まで残る当初材の良好な保存を評価する。国の重要文化財。
乗禅寺石塔は愛媛県今治市延喜、乗禅寺本堂裏の高台に土塀で囲まれて立つ重要文化財11基。石造五輪塔4基、宝篋印塔5基、宝塔2基からなり、正中3年と延文2年の刻銘を残す。元禄17年に付近から集められたと伝わる。
浄土寺本堂は愛媛県松山市鷹子町に建つ室町時代後期の仏堂で、四国八十八ヶ所第49番札所の本堂。文明16年に落成し、桁行5間・梁間5間の寄棟造、本瓦葺。内陣の厨子は附として同時に指定され、大永5年の遍路の落書きが残る。
善光寺薬師堂は愛媛県北宇和郡鬼北町小松の善光寺に建つ室町時代後期の三間仏堂。解体修理で文明15年の墨書が見つかり、屋根は昭和57年に茅葺へ復元された。堂内の厨子も附として同時に指定され、扇垂木がほぼ完全に残る。
愛媛県松山市太山寺町の太山寺二王門は、鎌倉後期の三間一戸八脚門。和様の疎組に禅宗様の粽と石の礎盤が混じる折衷様で、切目縁の痕跡からもとは楼門だったと考えられる。明治37年(1904年)に重要文化財に指定。
愛媛県松山市の釣島に建つ釣島灯台は、明治6年(1873年)に「日本の灯台の父」リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計で完成した石造の洋式灯台です。明治の姿を留めたまま現役で運用されている希少な灯台で、旧官舎・旧倉庫・石垣などとともに令和6年(2024年)に国の重要文化財に指定されました。