舎利殿と絵殿を一続きにした細長い堂

法隆寺東院舎利殿及び絵殿は、奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺東院伽藍に建つ鎌倉時代前期の仏堂で、承久元年(1219年)に建てられ、明治33年(1900年)4月7日に国の重要文化財に指定された。夢殿の北側に、東西に長く建つ。

桁行7間・梁間3間、一重の切妻造で本瓦葺。一棟の建物の東側が舎利殿、西側が絵殿になっている。

太子ゆかりの品を納めた蔵から

観光庁の多言語解説によれば、この建物はもともと聖徳太子ゆかりの品々を納める蔵だった。平安時代に改められ、西側は太子の生涯を描いた障子絵を並べる絵殿、東側は仏舎利を納める舎利殿となった。現在の建物は承久元年の建立である。

舎利殿に納められた舎利は、聖徳太子が2歳のときに合掌し、「南無仏」と唱えた掌の中から現れたと伝えられる。太子信仰の中心となる品を納める堂であり、東院が太子を偲ぶ伽藍であることを最もよく示す建物の一つである。

かつて絵殿を飾った障子絵は、秦致真の筆とされる聖徳太子絵伝で、明治時代に皇室に献納され、現在は東京国立博物館に収蔵されている。

一棟に二つの用途

法隆寺東院舎利殿及び絵殿は、外から見ると7間続きの一棟だが、中は二つの堂に分かれる。舎利を祀る東側と、絵を掲げた西側とで、それぞれの役割に応じた空間が一つの屋根の下に並ぶ。

切妻造の屋根を長く伸ばした簡素な姿は、夢殿の八角形や伝法堂の量感とはまた違う、東院の落ち着いた一面をつくっている。鎌倉時代前期の建物として、東院の礼堂(寛喜3年、1231年)とほぼ同じ時期の造営にあたる。

見学のしかた

法隆寺東院舎利殿及び絵殿は東院伽藍の一画にあり、ふだんは外観を見る建物である。舎利は正月三が日に営まれる舎利講のときに開帳されるとされる。絵殿の障子絵は東京国立博物館の法隆寺宝物館の所蔵で、展示の時期は同館の案内で確かめたい。

拝観時間・拝観料・交通は法隆寺のページにまとめてある。

Q&A

Q法隆寺東院舎利殿及び絵殿とはどんな建物ですか?
A一棟の東側が仏舎利を納める舎利殿、西側が聖徳太子の生涯を描いた障子絵を掲げた絵殿になっている鎌倉時代前期の堂です。
Q法隆寺の舎利殿の舎利にはどんな伝説がありますか?
A聖徳太子が2歳のときに合掌して「南無仏」と唱えた掌から現れたと伝えられています。
Q法隆寺東院舎利殿及び絵殿の中は見られますか?
Aふだんは外観のみです。舎利は正月三が日の舎利講のときに開帳されるとされます。
Q法隆寺の絵殿の障子絵はどこにありますか?
A明治時代に皇室に献納され、現在は東京国立博物館に収蔵されています。
Q法隆寺東院舎利殿及び絵殿はいつ建てられましたか?
A承久元年(1219年)の建立で、明治33年(1900年)4月7日に国の重要文化財に指定されました。

基本データ

名称法隆寺東院舎利殿及び絵殿(ほうりゅうじとういんしゃりでんおよびえでん)
所在地奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内
指定区分重要文化財
指定年明治33年(1900年)4月7日
員数1棟
寸法桁行7間、梁間3間、一重、切妻造、本瓦葺
所有者法隆寺
公開状況外観のみ(舎利は正月の舎利講に開帳)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 法隆寺東院舎利殿及び絵殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2698
文化遺産オンライン — 法隆寺東院舎利殿及び絵殿
https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/157235
観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース — 絵殿・舎利殿
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R1-00207.html

最終更新日: 2026.10.01