西院と東院を結ぶ奈良時代の門

法隆寺東大門は、奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺西院伽藍の東面の築地に開く奈良時代の門で、明治37年(1904年)2月18日に最初の指定を受け、昭和27年(1952年)11月22日に国宝となった。この門を抜けてさらに東へ進むと、夢殿を中心とする東院伽藍に至る。

形式は三間一戸の八脚門で、屋根は切妻造の本瓦葺。桁行を3間に分け、棟通りの中央間に扉を吊り、前後に8本の控柱を並べる。

もとは南を向いていた門

昭和9年(1934年)の解体修理の際、部材から多くの番付の墨書が見つかった。それによると法隆寺東大門は、もともと南を向いて建っていた門で、平安時代の終わりごろに現在地へ移されたことが分かった。

もとの位置ははっきりしない。文化庁のデータベースの解説は、旧南大門に連なる寺域の南面の築地で、いまの食堂・細殿の真南、当時の大衆院の表門にあたるとする説が有力だとする。観光庁の多言語解説は、鏡池の東側に南向きに建っていた門を移したと推測している。

三棟造に見る奈良時代の正統

法隆寺東大門の構造上の特徴は、内部の垂木をそのまま見せ、棟木を中央の通りと前後の柱間の中央の通りに1本ずつ、計3本配る三棟造にあることである。同じ奈良時代の東大寺転害門もこの形式で、当時の正統的な手法だったと考えられている。

ほかにも、柱の上方が細まること、肘木の上面の笹繰や木口の張り出し、伸びやかで古式な二重虹梁蟇股の架構など、細部のどこを見ても奈良時代の特色が表れている。同じ八脚門で室町時代の南大門と比べると、時代の違いがはっきり分かる。

見学のしかた

法隆寺東大門は西院と東院を結ぶ道の途中にあり、拝観券なしで自由に通り抜けられる。門の下に立って天井を見上げると、3本の棟木と二重虹梁が並ぶ三棟造の内部がよく見える。

拝観時間・拝観料・交通は法隆寺のページにまとめてある。

Q&A

Q法隆寺東大門はどこにありますか?
A西院伽藍の東の築地に開き、西院から東院の夢殿へ向かう道の途中に建っています。
Q法隆寺東大門は移築された門ですか?
Aはい。昭和9年(1934年)の修理で見つかった墨書から、もとは南向きの門で、平安時代の終わりごろに現在地へ移されたことが分かっています。
Q三棟造とは何ですか?
A棟木を中央と前後の柱間の中央に計3本配り、内部の垂木をそのまま見せる造りで、法隆寺東大門や東大寺転害門に見られる奈良時代の手法です。
Q法隆寺東大門は通れますか?
A拝観券なしで自由に通り抜けられます。
Q法隆寺東大門はいつ国宝になりましたか?
A明治37年(1904年)2月18日に最初の指定を受け、昭和27年(1952年)11月22日に国宝となりました。

基本データ

名称法隆寺東大門(ほうりゅうじとうだいもん)
所在地奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内
指定区分国宝
指定年明治37年(1904年)2月18日 重要文化財(旧法による指定)、昭和27年(1952年)11月22日 国宝
員数1棟
寸法三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺
所有者法隆寺
公開状況通行自由(拝観券不要)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) — 法隆寺東大門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2704
観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース — 東大門
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R1-00196.html

最終更新日: 2026.10.01