川西村の富貴寺から移された一間堂
旧富貴寺羅漢堂は、奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺山内に建つ平安時代後期(1086年から1184年)の部材を用いた一間堂で、昭和46年(1971年)12月28日に国の重要文化財に指定された。読みは「ふきじらかんどう」。
桁行1間・梁間1間の一重の小堂で、屋根は宝形造の檜皮葺。もとは奈良県磯城郡川西村保田(現在の川西町)の富貴寺にあった建物である。
解体保管と化学処理を経た再建
文化庁のデータベースによれば、この堂は昭和10年(1935年)から解体されて保管されていた。保管中に部材は著しく腐朽したが、東京国立文化財研究所の化学処理によって再び使えるようになり、失われていた基壇・造作・屋根などを整えて法隆寺の境内に再建された。
柱や斗栱は平安時代のものとされる。旧富貴寺羅漢堂は、もとの場所を離れ、長い解体保管と保存処理を経て別の寺の境内に建ち直したという、ほかに例の少ない来歴をもつ建物である。
平安の部材を見る
一間四方の小さな堂で、宝形造の屋根の頂が一点に集まる。檜皮葺の柔らかな屋根の下で、平安時代の柱や斗が当時の手法を伝えている。
富貴寺は現在も川西町にある寺で、別の建物が重要文化財に指定されている。同じ字を書く大分県の富貴寺とは別の寺である。
見学のしかた
旧富貴寺羅漢堂は法隆寺の山内にあり、外観を見る建物である。内部は公開されていない。
拝観時間・拝観料・交通は法隆寺のページにまとめてある。
Q&A
- 旧富貴寺羅漢堂はなぜ法隆寺にあるのですか?
- 奈良県川西村(現川西町)の富貴寺にあった一間堂が昭和10年(1935年)から解体保管され、化学処理を経て法隆寺の境内に再建されたためです。
- 旧富貴寺羅漢堂はいつの建物ですか?
- 柱や斗などが平安時代後期(1086年から1184年)の部材とされています。
- 旧富貴寺羅漢堂はどんな形の建物ですか?
- 一間四方の小堂で、宝形造の檜皮葺の屋根をのせています。
- 旧富貴寺羅漢堂の中は見られますか?
- 内部は公開されていません。外観を見学する建物です。
- 旧富貴寺羅漢堂は重要文化財ですか?
- はい。昭和46年(1971年)12月28日に国の重要文化財に指定されました。
基本データ
| 名称 | 旧富貴寺羅漢堂(ふきじらかんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 |
| 指定区分 | 重要文化財 |
| 指定年 | 昭和46年(1971年)12月28日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行1間、梁間1間、一重、宝形造、檜皮葺 |
| 所有者 | 法隆寺 |
| 公開状況 | 外観のみ |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 旧富貴寺羅漢堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2734
- 文化遺産オンライン — 旧富貴寺羅漢堂
- https://online.bunka.go.jp/db/heritages/detail/147931
最終更新日: 2026.10.01