江戸
Edo江戸時代(1603 – 1868)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
令和2年に国史跡となった永原御殿跡(野洲市)と伊庭御殿跡(東近江市)は、徳川家康・秀忠・家光が上洛の際に用いた将軍専用の宿泊・休憩施設の跡。土塁と堀、石垣が残り、中井家の指図と一致する建物跡が発掘で確認されている。
滋賀県長浜市太田町の赤田家住宅にある昭和42年(1967年)頃の木造平屋建の物置。荒壁に鉄板を張った上部と下見板張の腰、東西二室の土間を持ち、茅葺の正門と並んで屋敷の表構えをつくる建物として令和7年に登録された。
滋賀県大津市坂本、西教寺塔頭安養院の地蔵堂。部材の風蝕から江戸末期ごろの建築とされる宝形造・桟瓦葺の小堂で、庫裡の南に南面して建つ。4周に軒支柱を立て、質素な堂の正面に豪華な彫刻欄間を設ける。平成13年に登録有形文化財となった。
滋賀県大津市坂本、西教寺塔頭安養院で最古の仏堂。天保期の絵図と様式から江戸後期の建築とされ、土蔵造で宝形屋根の内陣に入母屋造の外陣を組み合わせる。左右に書院と炊事場が接続する特異な形態で、平成13年に登録有形文化財となった。
滋賀県東近江市南清水町の円寿院本堂は、正徳元年(1711年)に建てられた浄土宗の本堂。桁行3間、梁間4間の入母屋造で1間の向拝を付ける。簡素な小堂だが木太く、内外陣境の欄間や小壁の彫刻など入念な造り。
滋賀県米原市甲津原の奥伊吹ふるさと伝承館は、江戸時代後期の入母屋造茅葺の妻入民家。天保7年(1836年)の大火に焼け残ったとされ、ダイドコで能が演じられたと伝わる。地元の甲津原区が民俗資料館として運営する。
滋賀県大津市堅田、琵琶湖畔の満月寺の本堂である海門山満月寺観音堂は、明和3年建築の入母屋造の三間堂。床は瓦の四半敷で、平安時代の聖観音坐像を本尊とし、湖上の浮御堂と一体の寺観をなす国の登録有形文化財。
滋賀県大津市堅田、満月寺の境内で最も古い海門山満月寺客殿は、宝暦4年に地元の大工吉兵衛が建てた入母屋造の客殿。琵琶湖に東面し、式台付大玄関と8畳・10畳の客間を持つ四間取りをよく伝える登録有形文化財。
滋賀県大津市堅田の満月寺の入口に建つ海門山満月寺山門は、文化9年(1812年)建築の竜宮造の楼門。漆喰塗りの白い袴腰と菱格子窓・高欄を持ち、扉のない開口から東の正面に湖上の浮御堂を見通す、国の登録有形文化財。
滋賀県彦根市高宮町、麻布商「布惣」の主屋の北隣で中山道に面する江戸末期の土蔵。土蔵造2階建、23平方メートル。置屋根とし、扠首組の木鼻に彫刻を施す。入口は主屋の店舗側に開く。2013年に登録有形文化財となった。
滋賀県彦根市高宮町、麻布商「布惣」の敷地奥の東南隅に主屋から離れて建つ江戸末期の土蔵。土蔵造2階建、41平方メートルで登録3棟の蔵のうち最大。建ちが高く、軒は桁先を見せず鉢巻を廻す。2013年に登録有形文化財。
滋賀県彦根市高宮町、中山道高宮宿の麻布商「布惣」の町家。江戸末期の木造2階建で、海老虹梁のように反った腕木と2階の幅広の格子窓が湖東の町家の特徴を示す。前面が店舗、奥は田の字型の居室。2013年に登録有形文化財。
滋賀県彦根市高宮町、麻布商「布惣」の主屋の背面北側に南面して建つ江戸末期の土蔵。土蔵造2階建、15平方メートルで3棟の蔵のうち最も小さいが丁寧な造りで、軒は桁先を現した塗籠仕上げ。2013年に登録有形文化財となった。
本堂南西の高台に建つ瓦屋寺開山堂は、元禄13年(1700)の建立。中興開山の香山祖桂を祀り、方二間宝形造に粽付円柱・出三斗・花頭窓と禅宗様の意匠をよく残す。平成30年登録の有形文化財。
本堂南方に建つ瓦屋寺経堂(海印蔵)は享保10年(1725)の建立。堂内中央に八角輪蔵を据え、火打梁・太瓶束・海老虹梁の架構が見どころ。七棟で唯一「造形の規範」を基準に登録された堂。
本堂に渡廊下で接続する瓦屋寺地蔵堂は、正保年間(1644〜47)の建立で、かつての本堂と伝わる。仏壇前面に残る来迎柱がその格を示し、木太い角柱と正面の桟唐戸をよく残している古堂である。
本堂前方に建つ瓦屋寺鐘楼は、正保年間(1644〜47)の建立。礎盤上に一六面取角柱を四方転びに立て、組物を設けない堅牢な構えとする。梵鐘を吊ることは、寺の再興の最初の営みでもあった。
本堂前方に西面する瓦屋寺賓頭盧堂は文政元年(1818)の建立で、七棟で最小の約3平方メートル。詰組や扇垂木など禅宗様の細部を凝縮し、病を癒す撫で仏として親しまれる賓頭盧像を安置する。
旧石橋家住宅西主屋は彦根市芹町に建つ江戸末期の町家で、屋敷の登録11棟で最も古い。低いつし二階の外観に虫籠窓を開け、西端に袖うだつを上げる。中央に通り土間を通す間取り。2013年登録、外観を見学できる。
滋賀県多賀町の旧一圓家住宅米蔵は主屋の後方に単独で立つ江戸末期の土蔵造2階建。桁行7.4メートル、梁間3.8メートル。白色の鉄板張の外壁に鉢巻と横板張の腰、西妻に庇付きの戸口を開き、小屋は和小屋。平成26年登録。